第61話
「…壱衛門さんのこと悪く言ってたの。あの巫女さんだったんですね」
志貴の話を聞いていた和泉は俯いて静かに呟いた。その言葉に由良は申し訳なさそうに身を乗り出す。
「えーと…あの時、浦江洲大学で私たちを攻撃してきたのは、どうして?」
玉得が現れる前、壱衛門に襲撃されて火のついた矢が近くの柱に刺さったことを思い出す。その時から、彼は間下を除く俺たちを松木家の血筋だと気づいていたのだろうか。
「そっか。あの時は見えてなかったんですよね…。壱衛門さんは言霊が皆さんを狙っているのに気づいて、急いで射ったんです。多分、玲奈さんの言霊を…」
私には言霊が見えないので、壱衛門さんの言葉を信じてもらうしかないんですけど…壱衛門さん、嘘ついてないと思うんです…信じてください。と和泉はパーカーの裾をぎゅっと握る。
「そうだったのか。彼とも、改めて話をしないとな…」
壱衛門は守ってくれていたのか…。
あの場には玉得が居たとなると、彼女に従っていた頼人や玲奈が近くに潜んでいてもおかしくない。それに、彼の腕前なら、最初の一撃で俺たちの誰かを射貫くこともできたはずだ。あれは威嚇でも、矢を外したわけでもなく、言霊を狙った一撃。思えば、前にすだま神社に向かう庵たちを妨害したのも、玉得の危険性を知っていたからこそ、会わせないために手を打ったのだろう。これまでのことを考えると、こちらが手を出さなければ、壱衛門も敵対するつもりはなかったのかもしれない。
俺たちが、憎き松木家の血筋だと分かるまでは…。
壱衛門に礼と謝罪をしたいが、彼には「…今は見逃してやる。次、この村に来れば、命はないと思え」と言われている。
それでも、もう一度会って話をする必要があるだろう。
「志貴、質問がある」
机に肘をついて志貴の話を聞いていた間下が口を開いた。
「…なんだろうか」
「怪異をどうにかしない限り、呪いも事件も解決しない。だが、天災封神祭を行うには、尊き犠牲とやらが一人足りてないんだろ。…アンタは、どう事件に蹴りをつけるつもりなんだ」
松木潔子、大威清佳、天災封神祭を行うには、あと一人…犠牲が足りない。
庵由良と目が合う。
彼女は尊き犠牲の条件に合う。数年前の天災封神祭の時に犠牲になる予定だったが、父親の心変わりによって生き延びた。その結果、贄が足りなくなり、松木忠文は近隣の村人たちを代わりに捧げた。犠牲者は数十人規模に膨れ上がり、天災様の封印も稚拙なものとなったが、現世への侵攻を食い止めることは出来た。だが、この件に対して、松木忠文は責任を強く問われた。
怪異に変質しても、この記憶が残っていたからこそ、松木忠文は尊き犠牲として由良を執拗に狙ったのかもしれない。
「俺は…」
もう時間がない。松木家の者ならば、尊き犠牲を取り揃えて天災封神祭を行うべきだ。
だが…。
「俺はアンタに聞いてるんだ、志貴」
間下の視線は揺るがず、お前に聞いてるんだぞと訴えかけてくる。その目に、松木家の責務、潔子の遺志、二つの記憶が重なる思考に言葉を詰まらせていた脳が冴えていく。
「……俺は、天災様を封じる。だが、これ以上の犠牲を出すつもりはない」
場に沈黙が落ちる。
皆の視線が注がれているというのに、自分の呼吸の音と早まる鼓動しか聞こえてこない。一瞬、自分以外の時が止まっているのかと錯覚するほどだった。
「で? 具体的に、どうするつもりだ」
「それは、その…情報集め、からだな…」
犠牲を出さない方法があるならば、とうの昔に松木家が思いついていただろう。潔子もあらゆる封印の方法を調べていたが、大きな成果はなかったはずだ。
「大きく出たわりに、策はないのか」
「すまん…」
「…だが、アンタらしいな」
間下は意地悪く微笑み、すっと目を細めた。
「アンタは…松木忠輔かもしれないが、志貴でもある。無理に松木忠輔として振る舞おうとするな、気色悪い」
「そ、そうか…?」
「そうですね! 頑張って威厳、出そうとしてる感じが痛々しいです」
由良という予想外の人物からも駄目だしされ、志貴は心臓がキュッとなる。これでも、松木忠輔として責任を取ろうという気持ちの表れだったのだが、まさか由良にまで言われるとは…。そんな志貴に由良は「でも、犠牲を出さないってやり方は賛成です!」と大きく頷いて笑顔をみせる。
「うー。やっぱり、松木家の人が全員、悪い人とは思えないです」
黙って志貴の話を聞いていた和泉は肩の力を抜いて、生気のない姉に視線を落とす。
「松木家、か」
「皆さんを見てると悪い人に見えなくて」
「…そうか」
「私、姉さんが殺された…この事件を最後まで見届けたいです」
姉さんが天災封神祭の犠牲になったのは分かった。本当は泣きたい、どうして…と怒りをぶつけたい。でも、それ以上に、姉さんの死を無駄にしたくなかった。
和泉は一呼吸して、動かぬ姉の手を握りしめた。
「私も、ついて行っていいですか。全部、知りたいんです。姉さんのために…」
姉さんが犠牲になるはめになった天災封神祭について、天災様について、松木家の罪について知るべきだと思った。
それが、姉さんへの、せめてもの報いになる気がした。
「…分かった」
志貴は迷いながらも頷いた。これから未知数の相手と対峙する…失われた命を取り戻すことはできないからこそ、和泉だけでも無事に日常へと帰してやりたかった。これ以上、彼女を事件に巻き込みたくなかった。だが、和泉の願いに応えることが、罪滅ぼしに繋がるならば、志貴は応えたかった。
「…よし、よし! あの巫女さんに話を聞ければ、何かしらの打開策が生まれるかもしれないんですよね!」
「あぁ。だが、もしもの事態に備えてから、すだま神社に向かおう」
頼人や玲奈との関係、なにより玉得綾子の狙いが分からない今、無策で会うには危うい相手だ。情報整理も含めて、対策を考えておくべきだろう。
―――それぞれの想いを胸に、五人は向かい合った。




