第60話
「休憩しながらでいい。…皆に話したいことがあるんだ」
目元の腫れが引き、しゃくりの治まった志貴は震える足でテーブルの前に立つ。大きめの声で呼びかければ、休息をとっていた庵たちが何事かと志貴に目を遣り、間下は近場の椅子へと腰を掛けた。
「俺の…本当の名前は、松木忠輔。松木家現当主 松木潔子の兄だ」
慣れない自己紹介に言葉を詰まらせながら、志貴は松木忠輔として今に至るまでの記憶を語った。
松木家は時代に応じて名を変え、姿を変えながら、古の時代より怪異や呪い、まつろわぬものを、時に祓い、時に鎮めてきた家系だった。
記録によれば、安倍晴明とも交流があったとされているが、どこまで本当か分かりはしない。ただ、血の力の一つである「人を扇動する力」を用いて、松木家は栄華を誇ったこともあるそうだ。だが、怪異という存在すらも惹きつけやすく、短命の者が多かったとされ、時代の流れと共に一族は衰退の一途を辿った。松木家の力は徐々に衰えたものの、表向きは全国に居を構える資産家一族、裏では各地で今も、この世ならざるモノの供養や鎮魂にあたっている。そして、自分が生まれた家は松木家の中でも「本家」と呼ばれるものだった。
「俺は潔子の付き添いで、天災封神祭の引き継ぎ作業を手伝っていた」
天災封神祭とは、松木家本家預かりの怪異「天災様」を封印する儀式だ。天災様については「山川に関わるまつろわぬもの」とされているが、内容の詳細は当主以外には伏せられている。
大昔、祓いきれずに封印された化け物か、天災と称されるほどの事象を起こす…神にも等しい怪異か、儀式の名から考えれば、本物の山の神または川の神に匹敵する存在かもしれない。実際、松木家のほとんどは「天災様」の存在を恐れていた。
怪異と言うより、まるで祟り神にも近い畏怖の想念を持っていたように思う。
「本家の中でも、天災封神祭は秘密裏に行われ、当主しか封印の方法を知らない」
元当主である松木忠文しか、天災封神祭の概要を知らなかった。逆に言えば、この役割を引き継いだ者こそ、次期当主となる。妹は一族の会議で次期当主に任命され、松木忠文から引き継ぎをしている最中だった。才のない自分はそんな妹の付き添いであり、運転手だった。
「妹の願いで、あの村を回って手を合わせた後、贄の間に向かった。そこで、大威清佳の死を知った」
志貴は息継ぎするように言葉を切った。
和泉の目を見るのが怖かったのだ。それでも、目を逸らすのは憚れて、姉の遺体に寄り添う和泉を見れば、じっと志貴を見つめて話を聞いていた。
「…天災封神祭には、三人の霊感の強い女性の犠牲が不可欠であることを教えられた」
霊感の強い女性三人から、それぞれ「肉体」・「精神」・「魂」を贄の間で捧げてもらうことで、松木家の血が活性化される。その後、すだま神社にある磯城で儀式をすれば、天災封神祭の準備が完了する。
「天災様という怪異は、どのような怪異なんでしょうか。犠牲を出してまで封印するほどの相手なのか…」
「詳しくは分からない。だが、天災様が現世に放たれれば、百万人以上が数分もせずに死ぬとされている」
どのような呪い、あるいは災害で、そのようなことを可能にするのかすらも分からないが…。
間下は顔をしかめ、庵は僅かに視線を鋭くした。
「その天災封神祭とやらが、終わっているか、分かるか?」
間下は横目に和泉と清佳を見て、志貴へと目を合わせる。
「…まだ、途中だと思う」
「何故、そう思う」
「天災様の呪いが健在だからだ」
「呪いだと」
「天災様の封印に綻びが生じると、その地域全体の死亡者数が増える」
「…まさか、それが『連続心中不審死事件』か」
間下は右腕に刻まれた火傷を指でなぞる。
この奇妙な火傷が身体に現れると三日以内に死ぬという奇怪な不審死事件が、三か月前から相次いでいた。警察官として追い続けてきた事件の真相に、今、迫ろうとしている。その事実に間下の鼓動は高まった。
「あぁ。天災様は己の封印を解くために、辺りの生き物の魂を食らって糧とする。封印が解けかけている今、現世にまで影響が強く出始めているんだ」
「なら、松木家がこの呪いを放ったというのは、あのガキの嘘か」
この火傷の呪いは、松木家が尊き犠牲を集めるために放った呪いという話もあったが…。
「そうだと思う。松木家がそのような呪いを放つとは聞いたことがない」
出来損ないの自分に知らされていないのか、もしくは松木忠文や潔子しか知らない呪いの可能性もあるが…少なくとも、松木家で呪いを放つとは聞いていない。なので、あれは玲奈が俺たちを揺さぶるためについた嘘だったのではないだろうか。
…しかし、天災様の呪いについて、記憶との相違がある。
天災様の呪いを受ければ、本来は三日どころではない…数秒もせずに死に至る。だが、自分たちも呪いを受けたはずだが、現に今まで生き延びている。それに、芋虫の形をした火傷が身体に現れるという身体的な特徴も今まで聞いたことがなかった。
「ともかく、この騒動が収まっていない時点で、天災封神祭は終わっていない」
潔子は尊き犠牲として捧げられ、松木忠文は怪異に変質しており、天災封神祭がどの段階まで進んだのか分からない。だが、呪いが続いている以上、終わってはいない。
「大威清佳の死は何倍もの犠牲を止めるために、致し方ないものだった…間違っているとも思った。だが、一族の力の衰えを考えれば受け入れるしかないと思ってしまった。潔子は松木忠文の…いや、松木家のやり方を間違っていると考え、他の封印方法を探っていた。その道中で松木忠文と玉得綾子に奇襲を受け、俺は記憶を失い、潔子は殺された」
潔子は尊き犠牲に、松木忠文は怪異へ…そもそも、天災封神祭を行える状況ではなかったな。
ならば…
「玉得綾子の目的はなんだ」
間下が口を挟んだ。
「元々は、松木忠文が協力者として連れてきた女性だった」
天災様を封じているすだま神社の巫女であり、浦江洲大学で俺たちに怪異や異界について教えてくれた人物だ。彼女は壱衛門は気が触れた人物だから気をつけて欲しいと注意を促し、死の呪いが関わる怪異事件を解決するために異界で調査していると言っていた。
しかし、彼女は天災封神祭に関わっていた。
「俺の素性が松木忠輔だということも、死の呪いの原因が天災様にあったことも知っていたはずだ」
俺や潔子、松木忠文とも面識があった。なのに、彼女は浦江洲大学で会った時、無知であるフリをした。記憶喪失の俺に対して、彼女はあたかも初めて会った人とばかりの口ぶりで俺に話しかけ、原因不明の死の呪いについて調査していると語ったのだ。
妹を殺しておいて…何食わぬ顔で……。




