第6話
「ごほっ、こほっ」
間下が目を覚ますと、見覚えのある天井に出迎えられる。寝起き特有のぼんやりとした頭で横を向けば、ベッドの端に頭を預けて眠っている志貴が目に飛び込んできた。その瞬間、フラッシュバックするように非日常の記憶を鮮明に思い出した間下は跳ね起きるように上体を起こし、右手を見れば例の火傷が焼き付いている。
「志貴!」
「へっ、あ? ま、間下! 起きたか!」
間下の鋭い呼び声に、ビクリと志貴は反応して飛び起きる。
「よかった。心配したんだぞ」
「それより、あの後、何があった」
意識が落ちる寸前の事を間下は思い返していた。
「間下が急に気絶したから、頑張ってここまで運んだんだ」
「どうして、俺の家が分かった」
二人が今いる場所はアパートの一室…間下の自宅だ。間下が自宅を教えた覚えはないと詰問すれば、志貴は申し訳なさそうに間下の手荷物を漁って、免許証から住所を知ったこと、車の鍵と一緒にまとめてあった鍵を片っ端からドアの鍵穴に差し込んで開けたことを白状した。
「悪かった」
「‥構わん。アンタが冷静で助かった」
下手をすれば、怪異に襲われてもおかしくなかった状況で、意識のない成人男性を抱えながら、ここまで逃げおおせた。そして、額に乗せられた湿っぽいタオルや傍で眠っていたことを考えても、志貴なりに看病をしていたことが分かる。
「俺は当たりを引いたみたいだな」
コインロッカーで怪異に襲われた時も度が過ぎたパニックを見せず、最終的には正解を導き出した点を考えても、間下の評価は高かった。
「当たり…? なんのことだ」
志貴は間下の呟きや考えが読めず、首を傾げるが「こっちの話だ」と間下は会話を打ち止めして時計へと目を遣った。深夜の三時半、四時間弱ほど気を失っていたらしい。この事態に陥る前から慢性的な睡眠不足だったとはいえ、怪奇現象の連続で疲労がピークに達して寝落ちするなど情けない…間下は己の管理不足に息を吐いた。
「ベッドを貸してやる。アンタも、ちゃんと寝ろ」
「間下は、どうするんだ?」
「俺は十分寝た」
あの非現実を忘れぬうちに書き残しておかねば…と間下は考えていた。信じがたい経験を自分なりに反芻して理解するという目的もあるが、引き継ぎという意味でも書く必要があった。間下に死ぬつもりはないが、三日後の「もしも」のことを考えてのことだ。
一方で、疲れ果てていた志貴は「おやす、み」と尻すぼみに呟いて、シャツやコートに皺がつくことなど考えずに、目の前のベッドに倒れ込んだ。まだ、人肌程度に温かい布団に身を任せ、眼鏡を枕の側に放ると、あっという間に眠りについた。
「ですが、犠牲になる者を選別することはできましょう」
手に力を込める、誰かに唆されて。
「…犠牲はつきものなのでしょうか」
手に力を込める、眠らせるために。
「今回はこちらで準備を済ませておいた。儀式が成功した暁には仕組みを教示しよう」
手に力を込める。代々の血を辿るように。
「何かを成すということは、それなりの犠牲を覚悟しなければならない。それが人知を超えることなら、なおさら…」
手に力を込める、名も知らぬ誰かのために。
『手に力を込める、首を絞めるために』
………残っている。
背中を押した時の衝撃は、今もこの両手に残っている。
駅のホーム、黄色い線の向こう側へと押し出した、この感触は今も…。
あれは他人の過去だろう、他人の記憶だろう、だが、この手で背中を…
目の前に居るのは誰だ。
ここは駅のホームではない、どこかの屋上だ。
目の前に居るのは、黄色い線を守る夫婦ではない、屋上の縁に立つ間下だ。
「ま、した」
掠れた呼び声を発した時には、その無防備な背中を押していた。間下はこちらを振り返ることもせず、落下して…俺が…間下を、こ、ろし…
「……しき………」
活動報告、更新いたしました。




