第55話
怨嗟、憎しみ、怒り、悲しみ…それらが凝縮した呪い火は元凶である松木忠文を呑みこむと、じわじわと熱して嗤い、その全てを焼き尽くさんと燃え続けた。
「っ、死ね、死ね! ざまぁみろ! ひ、ひひっ…やった、やったっ…! ひひっ、ぅぅっ…っ……」
言葉に詰まる壱衛門の目尻には涙が溜まっていた。力が入らず、弓を引くことが出来なくなっても、壱衛門は矢を握り締め、殴りつけるように怪異の頭へと何度も突き刺した。
「悪い奴、倒したんだ! ……だから、だから…みんなを…村を元に戻せ、みんなを返せ…!」
壱衛門は涙を流しながら願いを口にする。だが、その奇跡が叶うことはない。母を、故郷を奪った松木家を焼き殺し、復讐を果たしたとしても、失ったものが戻ってくることはない。
残されたものは、虚しさ、悲しみ、そして孤独のみだ。
「……みんなに、会いたい…ぐすっ…みんなを、返せ…みんなを…」
手の甲で涙を拭って泣く壱衛門に…
由良が飛びついた。
「っ、何しやがっ!」
「危ない!」
「不浄の者! 不浄の゛者ぉ゛お゛お゛!」
首をもがれ、炎に巻かれ、矢で滅多刺しにされようとも、松木忠文は生きていた。
その執念に応えるように眼球は膨張し、眼窩から飛び出ると無数の目が集う巨大な複眼となって敵を見上げた。怪異としての本能が己に害なす壱衛門を道連れにしようとしたのだ。しかし、呪いが解け、目を覚ました由良によって、それすらも阻まれ――失敗に終わった。
「庵、由良ぁあ゛あ゛! 貴様だ、貴様のせいで、この村は犠牲になった」
由良が視界に入るなり、松木忠文は壱衛門などそっちのけで由良へと食ってかかる。
「え…?」
「あの日、貴様の父親は我らとの契りを破り、貴様とそこの坊主を連れて、この儀式から逃げたのだ! 贄が足りず! 我らは、この村を犠牲に「天災」を封印する他なかった! 庵由良、貴様さえ犠牲になっていれば、この村の者は死なずに済んだのだ! 全ては貴様が逃げたせいだ!」
「私の、せい…」
「あ゛ぁ゛あ゛あぁぁ! 私では駄目なのか。名を与えられても、なお、私では足りぬと言うのか! 足りぬ、足りぬ、執着が足りぬというのか…ァ゛アァァアアアアァ」
狂乱した松木忠文は呪いを吐き散らかし、世迷い事を垂れ流し、最期には絶叫を上げ……今度こそ動かなくなった。
「終わった、か…」
間下は拳銃を怪異に向けたまま、辺りを警戒する。今のところ、頼人や玲奈などの第三者による奇襲の気配もない。
「……まだ終わっていない」
「何?」
間下は志貴の言葉に、まさか‥と自身の右腕を見れば、呪いの火傷が残っていた。死の呪いを放っている松木家、その当主である松木忠文を倒せば、全てが解決するというほど、事件は優しくないらしい。
それに…と間下は志貴を見上げる。この村に来てから庵達だけでなく、この男の様子もおかしいと思っていた。何を隠してると問い詰めようとしたところで、ふらりと間下はその場にへたり込む。
「また、か」
気を失いかけて歪む視界に耐え、間下は歯を食いしばって立ち上がる。事件に巻き込まれてから、身体が不調に見舞われていることには気がついていた。一度目は疲労困憊による気絶だと思っていたが、二度、三度と続けば、己の自己管理能力のせいではないと判断できていた。しかし、分かったところで根性や気合などの自意識を無視して、眠りに落ちていこうとする体は気を保てても重怠い。
「無理をするな、間下。異界に長く居て、身体が保つわけがない。それに、ここの瘴気は並みの人間では半日もせずに駄目になる。…松木家は霊感が高い家系だからか、瘴気の影響を受けにくいようだが…」
志貴は気を失いかけている間下を支えながら、壱衛門と由良に目を遣った。
「あの、ごめんなさい。私…」
「…頭を下げてなんになる。失われた命は戻ってこない」
壱衛門は自分を庇って倒れこんだ由良を押し退け、よろけながら立ち上がると、祭壇で姉の手を握り締めたまま泣いている和泉を見下ろした。
「姉さん…起きて、起きてよ…」
「…」
奇跡を乞い願う和泉をじっと見下ろし、壱衛門は口を開いた。
「…和泉、約束は果たした。もう、この村に長居できると思うな」
そう言って壱衛門が振り返ると、由良に手を貸しながら壱衛門の行動を監視する庵と目が合った。
「壱衛門…」
「…今は見逃してやる。次、この村に来れば、命はないと思え」
松木家への侮蔑を孕む鋭い視線、去り際に残した言葉は、最後の警告だと言い残しているようだった。
「…由良、庵。和泉たちを頼めるか」
志貴は庵と由良に和泉の事を頼みつつ、その目は去っていく壱衛門の後ろ姿を見ていた。
「ど、うするつもりだ。アンタには、聞きたい、こと…ばかり……」
眩む視界では、目の前の男の表情も読めず、間下の意識はふっと途切れた。




