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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第52話

「い、今は争っている場合じゃないだろう。君は花染壱衛門だったな。その、庵の身に何が起こっているのか、分かるのか?」

 置いてきぼりにされていた志貴は間下や由良に目線で助けを求めたが失敗に終わり、恐る恐る二人の間に割って入り、壱衛門の言葉に問いかけた。

「…あの怪異の鎌も相当なもんだが、なにより強力な言霊を使ってきてる」

 一応、問いに答えてくれているが、その目は不機嫌そのものだ。

「言霊…」

「む、ここはオカルト専門家の私に任せてください」

 思ったよりも地味なピッキング作業に飽きた和泉は、得意な話題を察知して壱衛門の後ろから現れた。いつのまにか、(自称)探偵からオカルト専門家にジョブチェンジしていた和泉は、したり顔で講義を始める。

「まず、言霊というのは言葉に霊的な力が宿って、発した言葉が現実にも影響を与える霊能力のことです。実際に、良い言葉は良い結果を、悪い言葉は不幸を引き寄せるってことありますよね。例えば…ある怪談では、毎日毎日悪さをする暴走族に「死んでしまえ」と言った瞬間、事故を起こして本当に死んでしまったという言霊のお話があります。えーと、言葉にも力があるぞということです。今回で言うと、あの怪異に「贄を差し出せ!」と言われたら、皆さん動けなくなりましたよね。あれは、言霊によって行動を制限されたんです。尊き犠牲を差し出せと言われたから、その命令に対しての抵抗が出来なくなった。庵さんについても「邪魔をするな」と言われたから、邪魔ができないように行動制限の呪いをかけられている、というわけです」

「…あの双子、頼人と玲奈も、そうなのか」

 言霊の説明を聞いた志貴は思い当たる節があった。玲奈という少女が暴言を吐くと黒い球体が口から溢れだし、その黒い球体が金戸夫妻に触れた途端、彼らを死に至らしめたことがあった。

「そうですね。男の人の方は普通の人みたいなんですけど、あのツインテールの女の人は言霊を使っています。分かりやすく言えば、「実害のある呪詛」を飛ばしてきています。見える人には見えるらしいですよ、言霊が」

 もしかして、あの黒い球体が「言霊」なのか。

「…この異界に来てから、今まで見えていなかったものが、少しずつ見えるようになってきていた。最初は目の錯覚程度だったが…先程、はっきり黒いシャボン玉のようなものが…見えた」

 壁にもたれた庵が息を整えながら答える。

 だから、あの時、庵は寸分の狂いもなく、言霊を狙って祓えたのか。…かと言って、見えていれば、怪異と同じように言霊を祓えるものなのだろうか。庵には驚かされてばかりだが、松木家の血を引いているのに関係しているのかもしれない。怪異の供養と管理をする一族の血が、怪異を祓う力を庵に授けているなら、怪異相手に竹刀一つで互角に渡り合えているのも納得がいく。

「この異界に居ても、私や間下さんのような普通の人は霊感が低過ぎて見えませんけどね…。はぁ、言霊を聞いたら、何も出来なくなるなんて、ズル過ぎます」

「…どうすれば、解けるんだ」

 このままでは、庵が弱っていく一方だ。志貴が解決策を問いかけると、和泉は眉をハの字にして目をつぶると「うーん」と唸った。

「壱衛門さんなら…」

「そのまま、苦しんで死ね」

 和泉が言い切るよりも早く、壱衛門は吐き捨てた。

「このとおり、壱衛門さんは庵さんのことが嫌いだから、嫌みたいなんですよ」

「嫌いか…」

「あ、「大嫌い」だから、嫌みたいです」

 壱衛門の不満そうな目を見た和泉の訂正に、「大嫌いか…」と庵は戸惑っていた。

 それは、庵が松木家の血を継いでいるからか。

 …志貴に問うことは出来なかった。

 それこそ、今のように睨まれるだけでは済まない気がした。壱衛門の松木家への恨みは本物だ。家族を、故郷を、松木家に奪われた生き残り…安易に松木家の話題を出せば、収拾がつかなくなるだろう。

「それでも、壱衛門さん、手当をしてあげてください。私を助けたみたいに助けてあげてくださ」

「断る」

「別に考えなしに言っているわけじゃありませんよ。ちゃんと壱衛門さんにも大きなメリットがあるんです! あの怪異、松木家の偉い人なんですよね」

 偉い人どころではない、情報が正しければ当主本人だ。

「壱衛門さんも言っていたじゃないですか、今のままじゃ、あの怪異を倒せないって。だから、庵さんとあの怪異を戦わせて、漁夫の利してやる! という考えでしたよね」

 壱衛門は余計なことを喋るなと言いたげに和泉をじっと睨んだ。

「それが戦略的には正しいんでしょうけど、私は最初から協力した方がいいと思うんです」

 その言葉に壱衛門は暫く黙った後、考えがまとまったのか、渋々「今回だけだ」とため息をついた。そして、忌々しげに庵へと目を遣ると、さらに苦虫を噛み潰したような顔をして、剥き出しの嫌悪を隠そうともしない。壱衛門は志貴たちの心配そうな顔を余所にずかずかと歩み寄る。

「…」

「…すまない」

 薄く目を開けた庵はぐったりとした様子で壱衛門を見上げる。警戒の中に入り混じる申し訳なさそうな庵の顔に壱衛門は舌打ちし、その腕を掴み上げた。反射的に振り払いそうになった庵だったが、壱衛門は腕を掴んだまま…祈るように目を閉じる。

 その顔に敵意は無く、あるのは慈しみにも近い表情だった。同時に、身体の重みが消えていく感覚に庵は目を丸くしていた。悪意ではないことを受け取った庵は、腕から伝わる温かみを感じながら、祈りを捧げる壱衛門を大人しく見つめていた。

 時間にして一分にも満たないうちに壱衛門は目を開け、庵と目が合うと敵意に満ちた眼差しを再び突き刺した。

「完治はできない」

「感謝する。先ほどより思考がはっきりした」

「和泉、包帯よこせ」

 まるで、庵の感謝など聞こえていないのか、壱衛門は和泉に手を伸ばして指示を出す。呼ばれるとは思っていなかった和泉は焦りながらも、リュックから包帯の他にガーゼや絆創膏などを取り出して壱衛門に手渡した。庵の傷を伏目がちに眺めながら壱衛門は器用に包帯などを傷口へと巻いていく。

「…」

「…何だ」

「…いや、手慣れているな、と」

「…」

「…」

 あまりにも気まずい空気に志貴や和泉も黙って見守り、ある程度の手当てを終えた壱衛門は最後に庵の腕を振り払った。

「だいぶ、楽になった。壱衛門、改めて感謝する」

 庵は手当された腕を見つめ、壱衛門に向き直ると感謝を述べた。壱衛門の手当てが効いているようで、傷口は動きに支障がでない程度に塞がれ、眉間の皺や目元の隈も和らいでいる。

「…ちっ」

 無視ではないとはいえ、止まらない舌打ちと不機嫌な様子は照れ隠しとは言い切れないほどの嫌悪が噴出しており、庵は何故だと言いたげな表情で困惑していた。

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