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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第50話

「…何故、ここにいる」

「姉さんを探しています」

「名は」

「姉さんは大威清佳と言うんですけど」

「…お前の名は」

「私? 大威和泉です」

「…迷い込んだか。ついて来い、現実に帰してやる」

「あ、大丈夫です。この近くに姉さんがいるはずなので」

 和泉は目の前の男が生者にしろ、怪異にしろ、不自然に浅黒く焼けた肌や傷だらけの落ち武者のような出で立ちに付いて行くのは危険だと判断した。あえて、愛想笑いしながら壱衛門の提案を丁重に断り、辺りを見回した。

 都市伝説が噂通りならば、本来は姉の元まで和泉は配送される予定だった。だが、荷物である和泉が配送の途中でダンボールから出てしまったことが原因で、都市伝説が中途半端に成功してしまった。つまり、自分が早とちりしたせいで失敗したのだと思った和泉だったが、ここまで運ばれたということは近くに姉がいるはずだと、特に落ち込むことはなかった。

「何を言ってる。ここは異界だ、お前の姉はここにいない…死にたくなければ、おい」

 和泉は「姉さーん!」と呼びながら、壱衛門を避けて郵便局を飛び出した。不審者から逃亡しつつ、姉を探して村の坂道を走り出す。一歩いや三歩、十歩ほど後ろから壱衛門に尾けられながら、和泉は村中を探し回った。人気のない廃村、供えられた花々、戦場のような焼け跡…オカルトマニアの和泉はすぐに「存在しない村」の都市伝説が頭をよぎった。霊感が薄くとも肌感覚で村の異様さを感じていたが、姉が見ていた世界に少しだけ踏み込めたようで足取りは軽かった。しかし、肝心の姉の姿はどこにもない。

「いない…」

 日が暮れ始めた頃、体力の尽きた和泉は近場の岩に座り、姉を思い出して俯いていた。

「言ったはずだ、お前の姉はここにいない。ここは、罪なき者に安寧を、罪深き」

「あなた、先からなんですか! 何者ですか?」

 俯く和泉の目に壱衛門の足が映り込んだと思うと、おどろおどろしく喋り始めた壱衛門に和泉はムッとした顔で応対する。

「……やっぱり、姉さ」

「違う。花染壱衛門だ」

 壱衛門は和泉の妄言を否定しながら、弓を構えると森に向けて矢を放つ。矢じりが業火の如く燃え盛り、茂みから襲い掛かってきた怪異の額を射抜いた。あっという間に怪異は火だるまになって、田んぼだった場所へと沈んでいく。

「…」

「奴らの姿が見えてるんだろ。ここは現世でも幽世でもない魑魅魍魎が跋扈、す…」

 壱衛門の声は尻すぼみに小さくなる。突然、目の前で俯いていた和泉が、もたれかかってきたからだ。

 この時、和泉はピンチに陥っていた。そう、お腹が減っていたのだ。もちろん、それだけではない。この頃、姉が心配で寝つきが悪かったこと、ここに至るまでの調査による疲労を溜めこんでいたこと、トドメに、初めて怪異を見た衝撃もあって、気絶するように眠ってしまったのだ。そして、次に目が覚めた時には、軽トラで看病されていた。

「山菜だらけのスープ、美味しかったです。もうちょっと、味が濃い方が好みですけど」

「…」

 壱衛門の懐に飛び込んだことをいいことに軽トラへ居座って、追い出されそうになった時には本気の駄々捏ねを披露し、なんとか「姉が見つかるまでだ」という言質を和泉はもぎ取ったのだ。


「そんな約束の元、しばらく壱衛門さんのところでお世話になっています」

「…つまり、アンタは姉探し、あの男は協力兼アンタの保護をしてるというわけか」

「概ねそうです!」

 とても清々しい笑顔だ。

「それで、いなくなった姉を見つけられたのか」

「まだですけど、この村で唯一調べられていないのが、松木家が所有している別荘だけなので、もはや居場所を特定したようなものですね」

 和泉は得意げに胸を張って、にんまりと笑っている。

「また、「松木家」か。で、どこにその家があるんだ」

 間下は傾いていく日を窓越しに眺め、自らの腕に刻まれた呪いに目を遣る。刻まれたら最後、三日以内に死ぬとされている火傷の呪い、そのタイムリミットは既に半分を切っている。この呪いも松木家が関係しているのならば、松木家を追うことが呪いを解く鍵となるだろう。

「今、その家の中ですね! 捕まってくれたおかげで、この家に侵入できました。私たちだけじゃ全然入れなかったので、本当に捕まってくれてありがとうございます」

 あっけらかんと答える和泉の言葉に、志貴は困り笑顔を浮かべつつ、一つの疑問が頭に浮かぶ。

「そ、そうか。…ん、そうなると、君もここには初めて来たということか」

「言ってませんでしたか。現在進行形で、松木家の別荘を調査中です」

「なんて、ガキだ」

「ははは…」

 間下は呆れ、志貴は笑うしかなかった。てっきり、安全地帯もしくは目的があって案内しているのだと思いきや、行き当たりばったりで怪異の住処を突き進んでいたようだ。

「じゃあ、その紙なんだ」

 和泉の手には、この家の地図らしきものが握られている。

「外観から、ある程度の目測をつけて、作成した地図です。違う部分もありますけど、割と精度…ど、どうしました?」

 話している途中で間下に人差し指をたてられ「口を閉じろ」と言われた和泉は疑問に思いながらも、その口を閉じる。間下の言葉に皆が黙り込むと、ミシ…ミシ……と軋む音が天井から鳴っていた。

「伏せろ!」

 その声の次には天井が崩れ、怪異の足や鎌がだらりと下がってきた。

「贄だ、贄をよこせ」

 怪異と化した松木忠文が羽音を響かせ、両手の鎌で天井を壊しながら降りてくる。だが、大きな図体では梁が邪魔なようで手間取っている。

「庵、無事か!」

 ベッドで由良を診ていた庵に声をかけると、土煙の中から気を失ったままの由良を抱えた庵が落下物を避けながら、志貴の下へと飛び込んできた。

「由良を頼む。奴は俺が抑える」

「庵!」

 由良を任せられた志貴は引き留めようと手を伸ばすが、庵は先程のナイフを構えて怪異の元へと地を蹴った。無軌道な連撃を放つ怪異の鎌を正確に捉え、逸らすようにナイフを鎌へと押し当てると火花を上げて対峙する。

 一度目は違和感、庵の動きが目で追えた。

 二度目は偶然、庵が鎌を弾き返すと共によろけて、二、三歩…後ろに下がった。

 三度目は確信、庵のナイフが怪異に届かないどころか防戦一方だった。

 激しくぶつかり合い、巨躯から繰り出される鎌の質量を殺しきれず、後方に弾き飛ばされた庵を間下が受け止める。

 そこで、やっと異変に気がついた。

「……庵?」


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