第49話
「はぁはぁ、はぁー、疲れた」
怪異の呻きも羽音も聞こえなくなった頃、スカートをはためかせながら少女は近くの部屋に入ると息を大きく吐いて立ち止まった。部屋の中は旅館の客室を思わせるような造りであり、少女は近くのベッドに腰を掛けると「はぁ、間に合ってよかった」と志貴たちを見上げた。
「…」
「えーと、もしかして警戒してますか?」
頭に?マークを浮かべる少女に敵意はない。だが、志貴たちは疑いと警戒の混ざった眼差しを向けざるを得なかった。自分たちと同じく異界に居ること、壱衛門と行動していたことを考えると、あの双子のように何かしらの方法で、こちらに危害を加えてくる可能性があったからだ。
「まぁ、怪しさぷんぷんですよね、私」
「名前は?」
少しばかり威圧的な表情で間下が問いかけると、少女はどこか誇らしげに口を開いた。
「私は壱衛門さんの所で厄介になっている探偵の和泉です」
「探偵だと?」
「あ、正確には…探偵ごっこをしている大威和泉、です」
眉間に皺を寄せた間下に睨まれた和泉は流石に怒られると思ったのか、慌てて言い直した。
大威和泉、(自称)探偵であり、本業?は中学生のようだ。見える範囲に呪いと思われる火傷は無いが、どうやってこの異界に来たのだろう。
「何でも質問してください。多分、みなさんの味方ポジですから」
「まず、一息つかせろ」
周囲の状況に目を遣った間下の言葉に和泉は、今度こそ誇らしげな顔をした。
「そう言うと思いました! ここ、客室でベッドもあるし、部屋の電気さえ消してれば、怪異にもバレにくいと思います。安心して休んでください」
正直、由良を背負いながらの移動は、志貴にとって大きな負担だった。歩きながらならまだしも、怪異に追われながらの移動だったので既に足は限界を訴え、小鹿のように震えている。息も上がっていた志貴は慎重に由良をベッドの上に下ろし、「由良、由良…」と名前を呼びながら揺さぶって、頬を軽く手の甲で叩いてみる。「うーん」と眉をひそめる反応はあれど、目覚める兆しが無い。ただ、反応はあるので、庵も胸を撫で下ろした。
「アンタらは休んでろ。…和泉、こちらも遠慮するつもりはない。洗いざらい吐いてもらうぞ」
「どうぞ! それで安心していただけるなら」
顔に出していないが、和泉の反応に間下は戸惑っているな、あれは…。和泉も和泉で肝が据わっていると志貴はベッドに腰をかけながら二人を見守っていた。
「花染壱衛門とは、どういう関係だ」
「壱衛門さんとの、か、関係ですか? べ、別に恋人とかそういうのじゃ」
「…」
「仲間いや、相棒…? もしくは…大家?」
大家…?
「えーと。つまり、君は脅されて一緒に居るわけではないんだな」
たまらず、口出ししてしまった志貴の言葉に和泉は大きく首を傾げる。
「? あー! 私が人質的ポジションかどうかって質問ですか! 答えはノーです、ノー!」
胸の前で腕をクロスして必死に×を作って和泉は否定する。椅子に腰かけたままの間下に睨まれつつ、志貴は言葉を続けた。
「すまないが、君と壱衛門について教えてもらえないか。君たちの関係がよく分からない」
壱衛門はこの村の生き残りだと言っていた。なら、この子とは一体どういう関係なのか。一から説明してもらった方がいいだろうと志貴が言えば、和泉は分かりましたと言って、胸ポケットから四つ折りにされた紙を取り出して広げた。
和泉に似た一人の女性と「探しています」と大きく書かれた文字から人探しのビラだと、すぐに分かった。
「私、いなくなった姉さんを探してるんです」
この女性が和泉の姉「大威清佳」らしい。昔から霊感があった姉は、(和泉の)目に見えない友達がいて、本人の性格も相まって不思議ちゃんだったそうだ。
「私も姉さんみたいになりたくて、オカルト関連をたくさん勉強しました」
和泉は姉と違い、両親と同じく霊感を持ち合わせていなかった。だが、和泉は姉を怖がることなく、自分も同じ血が流れているのだから、いつか怪異が見えるようになるはずだ。このような根拠のない自信により、姉を変な目で見ることもなければ、嫉妬することもなかった。
そんな日々は、姉が行方不明になったことで終わりを告げる。
何も言わずに居なくなるような性格じゃないと知っていた和泉は姉を探し回ったが、手がかり一つ見つけられなかった。
そこで、一つの可能性に和泉は思い至った。
霊感の強い姉が消えるように失踪したのだから、怪異が絡んでいるのではないか、と。一度、その考えに至った和泉は「絶対にそうだ!」としか考えられなくなり、オカルト方面で姉の行方を調べた。残念ながら、姉を連れ去った怪異を特定することは出来なかったが、和泉は姉に会う手段を見つけた。
「どんな相手の元にも荷物を届けてくれる郵便屋さんがいる」という都市伝説だ。
《初恋だった名前も知らない女の子に向けて手紙を送ったら、実は自分の妻だった》
《死んだはずの友人に手紙を送ったら返事が返ってきた》
《行方不明の娘に手紙を送ったら、不特定多数の人に届き、全員が臓器移植を受けた元患者だった》
…など、多種多様な怪談と噂話を内包した都市伝説である。
「私、ダンボールの中に入って、姉さん宛てで都市伝説を実践しました」
《息子が死んだお父さんにプレゼントを送ったら、そのお返しが届いた》という噂話から発想を得た和泉は自分を荷物に指定することで、姉の所へ運んでもらおうとしたのだ。もちろん、半信半疑であった。和泉は怪異という存在に対して、多分「いる」だろうという気持ちばかりで、実害の危険性を考えないまま、都市伝説を安易に実行したのだ。
その結果、都市伝説は本物だった。
和泉がダンボールの中で居眠りしていた間に、この村の郵便局へと送り届けられていた。まるで、寝ている隙にサンタクロースがプレゼントを置いていくような鮮やかな手腕だったことを和泉は熱弁する。
「そこで、壱衛門さんに出会ったのです」
ダンボールの外から物音が聞こえた和泉は姉の元に届いたのだと思い、ビックリ箱の要領でダンボールの蓋を突き破ったところ、飛び退いて変人を見るような目で固まっている壱衛門と出会った。
自身の部屋から見知らぬ廃村の郵便局にいたことで都市伝説の成功を喜ぼうとした和泉だったが、目の前に居るのは探していた姉ではなく、見知らぬ傷だらけの男だった事実に直面する。
「………姉さん?」
「あ?」
変わり果てた姉の姿…という、まさかの可能性を考えて和泉は問いかけたが、即座に疑問形で返された。




