第46話
「――と――が頼人のこと、好きなんだって」
「へぇ、それで?」
部屋には、ソファに座ってテレビを眺める青年と、その青年の膝を枕代わりにして寝そべる少女がいた。部屋だけでなく二人とも自堕落という言葉が似合う程、だらけている。
「それで? じゃなくて、頼人はどう思ってんの?」
「別に、ただの知り合いだろ」
テレビ画面から目を離さぬまま答えた頼人の返答に、少女はニコニコと顔を上げた。
「ふーん! じゃあ、あのビッチ共、脈無しってわけね!」
明日、教えてあげよ~と笑う少女に頼人は視線を向けた。
「口悪いぞ。それに、そこまで言ってないだろ」
「じゃあ、なに、私より、あのビッチ共の方がいいわけ?」
「なんでそうなる」
「どっちなの!」
少女は体格差をものともせず、頼人の胸倉に掴みかかり、食って掛かる。
「…そりゃあ、玲奈だよ」
やれやれと言った様子で頼人は玲奈の頭を抑えるように撫でまわせば、二人は楽しそうに笑いだす。
「やった! 私の方が好きなんだ!」
「ふっ、必死な奴。大げさな妹を持ったものだよ」
テレビ番組がCMに入り、頼人は玲奈に相打ちをしながら、目星を付けた机の上のお菓子を開封する。
「妹扱いしないでよ! 数秒、頼人の方が早く生まれただけでしょ」
「つまり、双子の妹だろ?」
「その呼び方もヤダ。とにかく、頼人は私と一緒にいるの、これから先ずっと!」
「馬鹿の一つ覚えみたいに、何回も同じこと言うよな」
頼人は既に玲奈の問答より、お菓子の内容物に興味が移っており、玲奈はむぅ…と頬を膨らませる。
「お願いは何度も唱えるものでしょ、流れ星にお願いする時とか! 自分の望みを何回も口に出せば、どんなことでも本当になるの!」
「はいはい」
「もう、頼人は私とずっと一緒に居るんだからね」
………
「なんで、拉致ったんだ。あの人が喜ぶとは思えない」
「もう~、頼人は甘い。あの人に選ばれたいなら、ただ従うんじゃなくて、さらにプラスの行動をとって有能なことをアピールしなきゃ」
男女の会話が聞こえ、志貴は覚醒する。
見知らぬ屋内、手首への圧迫感…気絶させられた後、旅館のような場所に連れて来られたらしく、両手は後ろにまとめるようにロープできつく縛られ、床に転がされていた。
「庵…」
後ろ手を縛られた状態で身を起こすと、同じように縛られた庵が隣に座っていた。
「あ、うるさいから、おっさんが起きちゃったじゃん」
ツインテールを靡かせながら少女は、気だるげな青年に詰め寄った。
「はぁ、さっさと済ませよう」
苛立っているのか、髪が乱れることを気にせず、青年は頭を掻いている。
この男女に志貴たちは見覚えがあった。金戸夫妻の家の外で壱衛門に襲われていたところ、庵に助けられた二人組だ。だが、少女の方は口から黒い球体…人を殺せるほどの怪異を吐き出していた。そして、志貴は先ほどの夢のことを思い出す。
「頼人と玲奈…」
「え? なんで、私たちの名前、知ってるの? キモっ!」
少女の言葉に志貴は傷つきながらも、先ほどの夢が過去視であることを確信する。それと同時に、違和感も膨れ上がった。この村に来てから、過去視の回数が異様に多いのだ。その理由を考えながら辺りを見回し、二人の足元に間下と由良が横たわっているのを志貴は発見した。
「その、君たちは助けてくれたのか…?」
完全な善意ではなさそうだが、あのカマキリのような怪異に襲われて気絶した自分たちを、ここまで運んできてくれたのだろう。少しばかりの期待を胸に志貴は問いかけた。
「呑気かよ、頭お花畑なの? メルヘンおじさんとか、需要なさすぎ」
思ったよりも辛辣な返しに志貴は落ち込んだ。なんとなく、志貴だって分かっていたのだ。黒い球体が現れてから気が遠くなったことを考えると、彼女たちのせいで自分たちは昏倒、拘束されていると考えた方が筋が通る。
「おっさんは黙ってろ。俺たちは、その男と話があるんだ」
無駄話をしている暇はないと言いたげに、二人は庵へと向き直った。
「あの時は助けてくれてありがと」
まぁ、容赦しないけど…と玲奈はクスクスと笑い、庵はすっと目を細めて「どういうつもりだ」と二人を見上げた。
「あの建物で手に入れたもの、ちょうだい?」
玲奈は庵に近づくと色仕掛け、あるいは小悪魔のように、コテン…と小首を傾げて媚びを売るような言い方で庵にお願いする。
「まつのきのかごにわで何かを手に入れただろ」
また、松木家か。そもそも何故、俺たちが行った場所を知っている。まさか、尾行されていたのか。双子に黙っていてほしいと言われた以上、志貴は口を閉ざして状況の把握に努めていた。
「渡せば、俺たちを解放するか」
「考えてあげてもいいよ~」
「…俺が持っていた鎌槍だ」
しかし、庵の周囲に鎌槍がない。
「えぇぇ! あの槍? あれ、おっっもすぎて置いてきたんだけど。…頼人」
「めんどいからパス。つーか、あんなの運べないだろ」
「もう、このニート!」
「こっちはお前の我儘に付き合ってるんだぞ」
「はいはいはい、ごめんなさいねぇー」
二人は何やら揉めているが、どうやら、あの裏山に鎌槍を置いてきてしまったらしい。
「玲奈、諦めろ」
「はぁ…予想外なんだけど。コイツ、普通に持ってたのに」
庵を指さして文句を言い始める始末だ。しかし…と、志貴は庵と共に首を傾げる。あの槍は本物ということもあって確かに重いが、持ち運びできないほどではない。となると、あのような建物にあった品物だ、何かしらのいわくがあったのかもしれない。
「で、持ち帰った方がいいのか」
「ううん、重すぎて使い物にならないからいいや。ねぇ、他に「まつのきのかごにわ」で何か言われなかった?」
「…何故、松木家にこだわる」
返ってきた庵の言葉に玲奈はムッとする。
「質問に質問で返さないで。あの男から聞いたでしょ、松木家がヤバい奴らって」
あの「まつのきのかごにわ」を所有する資産家、「呪われた家系」と囁かれる短命の一族、『連続心中不審死事件』と密接な火傷が松木家に反応したこと、そして、壱衛門の言う通りならば…尊き犠牲と称して村を焼き討ちした一族だ。
「怪異を大昔から供養・管理してるらしいけどさ。村一つ潰しといて「尊き犠牲だったから仕方がない」とか言ってんの、ヤバくない? こういうのほんまるてんとうって言うんだっけ」
尊き犠牲……その言葉が志貴の胸をざわつかせる。
「…怪異の供養と管理が、松木家の裏の姿。…あの村も、松木家が……」
「アンタも松木家の人間でしょ」
玲奈は庵の前にしゃがみ込むと、あの松木家の血を引いていると改めて庵に突きつけた。




