第44話
四人の乗客を乗せた列車は走る。
水面を、森を、草原を走る。どこもかしこも、見たことがあるようで見たことのない幻想の地、そんな景色が連綿と続き、突如として終わりを迎える。トンネルを抜けた先、寂れた無人駅に列車が止まったのだ。
降りる場所はここだと言うように扉が開き、志貴達が降車すると狙ったかのように発車してしまった。
「うんと、なんとか添村?」
長らく放置されていたのだろう。駅名は掠れており、かろうじて「□添村」と読むことが出来る。電車の車窓から見えていたとはいえ、どこかこの世のものとは思えない不思議な場所だ。まるで、風景画の世界に迷い込んでしまったかのような浮世離れした感覚に囚われる。
「ここは…」
庵は目を見開いたかと思うと、足早に駅の外へ向かっていく。
「勝手な行動を‥」
「ここだ。村は…あの道を、左に曲がれば」
間下の制止を押し退け、庵は先へ先へと足を進める。
「お兄ちゃん、待って!」
先を急ぐ庵の後を追って、角を曲がると…。
「…」
村、と思わしきものはあった。だが、民家は崩れ去り、草木は灼け、辺り一帯に黒く焼き焦げた跡が点々と残っていた。既に廃村となっているようで、人の気配はもちろん、動物すらもいない。ただ、物悲しい風の音ばかりが聞こえてくる。
「見たことある…。ここ、村の大通りだよね」
薄らいでいた幼き日の記憶と一致した由良が庵に話しかける。その横で、志貴は独り…貧血にも近い症状に襲われ、目を強くつむっていた。
「お兄様、大丈夫ですか?」
女性の声に驚いて志貴が目を開けると、凛とした顔立ちの女性と目が合った。
「君は…?」
近くに居たはずの間下たちの姿がない。
「運動不足ですよ…。車から降りて、ちょっと歩いただけなのに」
彼女は黒い髪を耳にかけ、厳しげな表情をするが、鞄から麦茶のペットボトルを取り出して、こちらに手渡してくれた。
このおかしな現象に志貴はハッとする。
これは過去視だ。また、誰かの記憶を追体験している。
「忠文様は準備中なのですから、妹の我儘に付き合ってください」
どうやら、目の前の女性は兄と一緒に目的があって、この村に訪れたらしい。この後、忠文という男とも会うようだ。
「…もう繰り返させません。私がきちんと封印いたしますので、お兄様は妹の勇姿をしっかり見守っててくださいね」
キリっとした目つきが緩み、こちらに微笑みかける女性は何者だろうか。繰り返さないというのは、この村で起こった大規模な火事のことを言っているのか。ならば、「封印する」とは何だ…?
「きな臭いな」
志貴の隣には、いつの間にか間下が立っていた。視線を前に戻せば、先ほどの女性は姿を消しており、庵たちが辺りを見回している。
「芋虫野郎の言ったことを考えれば、呪いを解く鍵がこの村にある可能性が高い。二手に分かれて村を調べるぞ。あくまで、互いが見える範囲で行動しろ。分かったな?」
庵と由良は首を縦に振って「分かりました」と反応するが、先行する癖があるので、やや心配だ。
二人の様子を見ながら廃村を見て回っていると、おかしなものが目に付いた。
「花束、随分と新しいな」
原型をほとんど留めていない民家の扉に、真新しい花束が横たわっていたのだ。視認できる範囲だけでも、どの家の扉の前にも花束が置かれているようだ。この陰鬱かつ寂しげな廃村に置かれていると、まるで…。
「誰かがお供えしてるのでしょうか」
供花のようだ。
「…また、か」
花束を見下ろす志貴の隣には間下ではなく、先ほどの女性がしゃがみ込んでいた。その手には別の花束があり、花を手向けると手を合わせて黙祷している。
「君たちは誰なんだ」
「お兄様、そんなことを言ってはいけません」
視線はこちらを向いているが、会話が成立していない。やはり、過去の記憶を再現しているだけらしい。
「また、そのような態度…。わざわざ、私の前でも人に嫌われるようなことをしなくてもいいのですよ」
この子の兄の記憶のようだが、どうやらデリカシーに欠けた発言をしたらしく、妹に窘められている。
「大学に通っていた頃も、口元にご飯粒がついているというのに、誰にも教えてもらえないまま、帰宅されたことがあったでしょう。このままでは、友達一人、作れませんよ」
とても心配した表情で見上げられると、自分の事ではないはずなのに罪悪感に苛まれる。
「また、そのようなことを言って…。私がいなくなったら、どうするのですか」
「痛っ」
「おい、どうした」
志貴は脛を叩かれた衝撃で、ジーンとした痛みが走る左足を抑えながら足元へと視線を移すと、しゃがみ込んだ間下と目が合った。
「少し‥考えていた。間下は、この村について、どう思う?」
「これは放火だろうな」
「どうしてだ」
「この村は高低差がかなりある。そのうえ、燃え移りそうなもんがない。…にも関わらず、村全体が激しく燃焼している。いくら風が強かろうが、火が対岸を越して村全体を壊滅させるなんてありえん」
地形の関係上、次から次へと燃え移ったなんておかしい。なら、誰かが家々に火をつけて回ったと考えられるということか。
「お兄様、あそこ…」
女性の声に導かれ、志貴は視線を動かす。坂の下…村の中心に位置した井戸を調べている庵と由良が目に入った。
「庵たち、何か見つけたみたいだ」
志貴は間下に声をかけると、雑貨屋のある坂を下って庵たちと合流する。二人は動揺しているようで、庵は眉間に皺を寄せながら井戸を観察し、由良は庵の後ろに隠れて震えていた。
「何かあったのか?」
由良の尋常ではない様子を見た志貴は、庵に質問しながら件の井戸を見る。木の蓋が焼け落ちており、その底から黒い奇妙な枝のようなモノが飛び出ている。何か分からず目を細め、それが炭化した人骨の塊だと気づいた時、志貴は血の気が引いて後退りした。気分の悪い由良を気遣い、三人は声を潜めて情報共有を行う。
「人が井戸に詰め込まれ…まとめて燃やされたようです」
庵は由良の背をさすりながら、井戸へと目を遣った。
「藁にポリタンク、想像したくはないが…」
火事から逃れようとした人々が井戸に殺到したが、燃え盛る猛火に井戸ごと吞み込まれたわけではない。人々が井戸に放り込まれて、上から藁や灯油を浴びせられた末に、火を放たれたのだ。この数だ、単独犯ではないだろう。数十人規模の集団が、このような地獄を作り出した。
そんな惨いことを一体、誰が…
「お兄様、これが私たちの罪です」
いつの間にか、あの女性が隣に立っており、井戸に向かって頭を下げていた。
「だから、目を逸らしてはいけません」
「罪…」
「志貴?」
間下に呼びかけられて、志貴は何度か瞬きをする。その瞬きの間に、頭を下げ続ける女性の姿は、幻のようにかき消えてしまった。
「さっきから、様子がおかしいぞ」
手に力を込める…何のために?
「いや…あっ」
間下に詰問されるように睨まれ、なんと言えばいいのか、志貴が考えあぐねていたところ、遠くの方で動くものが見えたのだ。
「トラックだ!」




