第43話
「…」
「…」
間下を見送ったはいいが、志貴は明らかに落ち込んでいる由良にどう対応すればよいのか考えあぐねていた。今時の若者にどのような言葉を掛ければいいのかすらも分からないというのに…。ひとまず、この気まずさから脱却しようと志貴は口を開いた。
「あま」
「わた」
「えっと…」
「あ…」
互いに喋り出しが被ってしまい、二人して言葉に詰まる。さらに気まずさが増した志貴は慌てて由良に先に話すように促した。
「…私、何も知らないんだなって」
悲しげに微笑む由良は裾を握りしめ、胸の内を明かした。
「怖いんです。この事件に巻き込まれてから、知らないことばかりで…。父や母のことも、兄のことも…知ってるはずなのに、知らなくて…」
長年、一緒に居たはずなのに、今になって家族の秘密を知った。いや、自分だけが知らなかった。
単純に言えば、ショックだった。そんなに、自分は頼りないのかと。
単純に言えば、悲しかった。自分を信じてくれないのかと。
家族なのに、なんだか除け者扱いのようで………そう、悔しかったのだ。
「由良、落ち込むことはない。これから知っていけばいいんだ」
「知って、いく…」
「あぁ。なんというか、彼は…聞けば、教えてくれる人じゃないか。不器用なところがあるようだから、案外、話すきっかけを掴みかねていただけかもしれないぞ。これから白状させてやるといった気概で良いと思うんだ。俺は…頼りないかもしれないが、大人の俺たちもいる。不安なら、頼ってくれ」
志貴の言葉に由良は驚いた顔をしたかと思うと、「お兄ちゃんのことだから、ありえそう」と笑った。
「ありがとうございます。でもでも、志貴さんも頼りになりますよ!」
「え」
「あの殺人マシーンと戦った時、お兄ちゃんのことを助けてくれたんですよね」
「あー、あれは偶然だ」
由良が言っているのは、人形の腹部から矢が射出された時のことを言っているのだろう。
「えぇ! お腹が開いた瞬間いや開くよりも前に、志貴さんが声をかけてくれたから、飛んできた矢を避けられたって言ってましたよ」
「ははは、そんなことないさ」
「お世辞じゃないのに…。でも、思い立ったが吉日、お兄ちゃんを問い詰めます!」
悲しみから一転、少しばかりプンプンと怒っている由良は兄の隠し事を暴いてやると言わんばかりに、実力行使の握り拳を作った。まだ、完全に立ち直ったというわけではないが、先程の俯いた姿より、ずっと彼女らしい顔つきになっていた。
一方、早歩きで進んでいく庵の後を間下は追っていた。いくら庵の腕が立つからといって、この状況下でわざわざ単独での見回りに行かせる必要はない。それに、間下には聞き出しておきたいことがあった。
「あの時は助かった」
「あなた方の助けがあってのことだ」
「随分と手慣れていたな」
「部活に精進しているので」
「それにしては妙だな」
そこで、単に礼を述べられているのではないと気が付いた庵は、前を見据えていた目を背後の間下に向けた。
「妙、とは?」
「殺しへの躊躇だ」
命を奪う。
自分の命、あるいは誰かの命がかかっていれば、大半の人間はあらゆる覚悟を決めるだろう。だが、どんな人間であれ、命を奪う際には大なり小なり躊躇するものだ。間下は目の前の男…庵から、そういった類の躊躇いを感じられなかった。今に至るまで怪異相手に攻撃を仕掛ける判断の早さは間下をはるかに超えている。
「怪異に襲われ、やられる前にやるしかない…そう思っただけです」
「…壱衛門を本気で殺そうとしただろ、人間であっても一切の躊躇がなかった」
怪異という道理の通じない化け物相手なら、まだ間下も理解できたのだ。己も怪異に対して、容赦なく拳銃を抜いたのだから。しかし、間下の懸念が明確になったのは、いくら敵対しているとはいえ、庵が何の躊躇もなく竹刀を壱衛門に突き刺そうとしたところを見てからだ。
前々から目の前の男の躊躇のなさ、その異質さの正体を知るべきだと考えていた、今後のためにも。
間下の言葉に庵は黙っていた。言葉を選んでいるのか、少しばかり思案したかと思うと目を伏せて口を開く。
「…俺には、もう由良しか家族がいない。父にも、まだ幼い由良を守ってくれと言われている。俺は強く…良い子なのだから、きっと出来ると。だから、俺は常に強くあろうとした。万が一、由良に何か起こっても、守り抜くために」
「つまり、その「万が一」が今か」
「そうなります」
さざ波一つない庵の瞳に、間下は目を逸らす。理解しきれなかったのだ。日々、唯一の肉親を守るために鍛えていた男ならば、あのような立ち回りと覚悟が可能なのか、判断つかなかった。しかし、実際に目の前の男は可能であることを証明している。あくまで、この男にとって、怪異も人も妹に害を成すならば、等しく不審者と変わらないらしい。
「…戻るぞ。あまり離れて行動するわけにもいかない」
先頭車両まで辿り着いたが、怪異の姿もなければ運転手の姿もない。ここに来るまで異変に出会うこともなかった。出来ることが無い以上、意味もなく置いてきた志貴と由良を二人だけにしておく必要はない。
「そうですね」
「お兄ちゃん!」
二人が戻ろうと振り返ると、由良が全速力で庵に向かってきていた。その後ろには息が上がり、ヘトヘトの志貴が見える。
「お兄ちゃんの! 言葉足らず!!」
そう言いながら、由良は庵に飛びかかった。
「由良、危ないだろう」
それを仰け反りもせずに抱きとめて、庵は優しく諫めるが、問答無用で由良は声を上げた。
「お兄ちゃんが秘密にしてること! これからは私にも言ってよね」
そんな兄妹の微笑ましい光景を志貴は息を整えながら眺めていた。
「何、笑ってやがる。気色悪い」
志貴の横で辛辣な言葉を浴びせてくる間下だが、その顔は穏やかなものだ。そのことを突っ込めば、何倍もの口撃が待っているので言わないが。
「ふふっ。やはり、兄妹仲が良いのは、良いことだなと思っただけさ」




