第42話
「分からない…。親が松木家の人間だったことも知りませんでしたから」
庵たちは何も知らないようだが、分家したのか、母親が父方に嫁入りしたのか、いずれにせよ苗字は違えど、松木家と関係あるのは間違いない。
「今回のようなことは、初めてなのか」
「はい、あんな怖いオバケ…怪異を見たのは初めてです」
「…今、思えば、引っ越しや父が数日家を空けることが多かったな」
亡き父との思い出を振り返っていた庵がぽつりと呟いた。
「そう、だったかも……あ! 一つだけ不思議なことがあった!」
「不思議なこと?」
庵はピンと来てないのか、由良の顔を見て首を傾げた。
「パパが、どこかの村に連れて行ってくれたでしょ。二泊三日で泊まった…なんとか村」
村という情報しかないが…この説明で庵にも伝わったらしい。「由良が、さらにお転婆だった頃か」と当時の事を思い返し、懐かしんでいる。
「お兄ちゃんが、ね」
「?」
「お兄ちゃんは、もっとやんちゃ坊主だったでしょ!」
「…そうだったか?」
「想像できないな」
第一印象から変わらず、冷静沈着という言葉を表したような利発的な子に見えるが、子供の頃からそうだったワケでもなかったらしい。
「本当なんですよ! 初日に迷子になって、ケガして帰ってきたのは誰だった?」
「…兄の失敗を自慢気に話すんじゃない」
子供に言いつけるような口調だが、表情には気まずさと恥が入り混じっている。隣の間下も困った様子の庵を見て薄らと微笑んでおり、少しばかり意地の悪い顔をしていた。しかし、由良が迷子になりそうなイメージだが、この様子だと実際、迷子になったのは庵だったようだ。
「それもお兄ちゃん、気になる子が出来たみたいで~」
「由良!」
「ほぅ、それで?」
「あれは、村に‥」
「二人は興味がないだろう、無理に聞かせるものではない」
庵の制止など、どこ吹く風と言った様子で由良はニコニコと微笑む。いつも表情に乏しく、自分よりも上手の兄が狼狽しているのが、面白かったからだ。
「え、聞きたいですよね」
「正直、気になる」
志貴がそう述べれば、「ぐっ…」と唸る庵は逃げ道を塞がれる。
「ですよね。では、お兄ちゃんの初恋を」
「由良、俺から話そう」
「え! なんで?」
「話を盛られても困る。そもそも、初恋というわけではない」
「むぅ。絶対、初恋なのに…。分かったから、拗ねないでよ」
「拗ねてない」
少しの沈黙の後、庵は当時の事を思い出すように話し出した。
「山で遊んでいたら…足を踏み外し、山道から外れた場所を転がり落ちたんです。気が付けば、森に囲まれており、声を出しても返事が帰ってこない状況でした」
「迷子と言うより遭難に近いな」
てっきり、見知らぬ村の中で迷子になったのかと思っていたが、事態は思っていたより過酷だ。
「転がり落ちている最中に足をひねり、まともに歩けませんでした。それでも、周りを歩き回って父と由良、村に出る道を探していたら……俺と同じくらいの子に会ったんです」
庵は「初恋ではないのですが…」と前置きしているが、その子が由良の言っていた初恋の子なのだろう。当時の庵より小さい背格好で、髪をひとつにまとめていたという。母親の手伝いで山菜を摘んでいたところ、たまたま迷子の庵に会ったようだ。
「俺を見るなり、ケガをしていると言って、手当をしてくれて…」
「あらまぁ~」
普段はこの話題をあまり話してくれない兄が語る内容に思わず、目をキラキラ輝かせる由良の反応に、庵はジト目を返す。
「その子に手を貸してもらいながら、山を歩いて……村まで送ってもらいました」
庵はこれでおしまいというように口を閉ざした。
「お兄ちゃん、もっと少女漫画みたいにドギマギするように喋れないの?」
「無茶を言うな」
「じゃあ、私が付け足してあげる! その後、その子のために髪留めを作ったり、村中を探し回ったり‥」
「由良!」
「本当の事でしょ~」
庵の反応を見るに、盛り上げるための嘘と言うわけではないらしい。恋バナと呼ばれる部類では、あの庵も由良に形無しだな。
「でも、帰る時は凄いバタバタしたよね。寝てたら、急に抱っこされて…気が付いたら車の中だったのを覚えてる」
「…」
「お兄ちゃんは隣でぼけーとしてて、パパは私がいくら話しかけても無視してさ。家に帰ったら、謝ってくれたけど…お兄ちゃん、何か知ってる?」
「…今だから話すが、あの夜、村では大規模な火事が起きていた」
「…え?」
困惑する由良を見つめたまま、庵は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「俺は少し用があって、父さんと由良が寝た後、宿を抜け出していた」
「初めて聞いた」
「火事に気付いた父さんは由良を車に運んだ後、燃える村で俺を見つけて車を出したんだ」
「お兄ちゃんを助けてくれた子は…?」
「………分からない」
「そう、だったんだ…」
「…俺は、少し見回ってこよう」
俯いた由良の様子にいたたまれくなった庵は、鎌槍を持ち直すと目を伏せ、この場を去るようにして歩き出す。冷静な彼の珍しい一面を知ろうとした結果、思いもよらない残酷な真実を引きずり出してしまった。自分たちのちょっとした好奇心が一因でもあるため、志貴と間下は何とも言えない罪悪感から互いの顔を見合った。そして、何か言うでもなく、間下が無言で庵の後を追って行く。




