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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第41話

 ふと、コインロッカーを見てしまう自分がいた。今では何も潜んでおらず、すっかり何の変哲もない異界の背景となってしまっているが、二日…いや、三日前まで、ここには怪異がいた。

「行くぞ」

「あぁ」

 間下に呼ばれ、志貴は「まつのきのかごにわ」で手に入れた切符を片手に改札口へ向かうが、切符は今の様式の物ではない。入れるのは憚れて、そのまま改札口を通り過ぎようとすれば、無賃乗車を防ぐように、その小さな扉が通せんぼをしてくる。仕方がなく、無理に押し通って駅のホームに向かった。

「…」

 人気のない駅でも動き続ける働き者のエスカレーターで降りながら、志貴はホームを見下ろす。一直線に伸びる黄色い点字ブロックが見え、志貴は自身の手に目を遣った。

 過去視…怪異の過去を体験する中で、志貴は駅のホームで人を突き落とした。あれは、怪異の記憶を辿った追体験のようなものだが、黄色い線の向こう側へと人を突き落とした感覚が残っているような気がして、志貴は自身の手が恐ろしいものに見えてしまった。

「来やがった」

 そうこうしているうちに、向かってきた列車を間下は捉える。そのボディや色は見たことが無いうえに、運転席には誰も乗っていない。だが、見た目に反して高性能なのか、怪奇現象なのか、電車は徐々に速度を緩め、四人の前に扉が来るように止まると、その扉を開けて出迎えた。

「少し、緊張するな」

「…誰もいないようだ」

 車内を覗き込みながら庵は呟いた。怪しいのは重々承知だが、先に進まなければならないのも事実だ。意を決して四人が列車に乗り込むと扉は閉まり、どこかに向かって走り出した。

「もう後戻りは出来んな」

 遠ざかっていく駅のホームを見ながら間下がポツリと呟く。そんな間下を横目に、列車内は少し寂れているとはいえ太陽光が入り、温かく揺れているので存外居心地の良いものだと志貴は呑気に考えていた。

「きっと大丈夫ですよ。四人で冒険するなんて思いもしませんでしたけどね」

「頼むから、無茶だけはしないでくれ」

 志貴の言葉は由良、そして背後で妹の手綱は俺が握っているので安心してほしいと言いたげな表情の庵に向けてのものだった。敵とみなせば、怪異相手でも竹刀片手に突っ込んでいく兄と、そんな兄と一緒にいる活発な妹、少しの不安は残る。

「大学で分かれてから、どうだったんだ」

「私を守りながら」

「怪異を斬っていた」

 由良は自身を指し、庵は妹の言葉に続いた。正に阿吽の呼吸だ。

「会話が出来そうな怪異はいなかったか」

 正確には生霊だったが、志貴達は話のできる怪異に遭遇したことがある。

「…どうでしょう? 突然、襲われたり、話が通じない相手ばかりだったような…?」

 由良は記憶を手繰る。怪異に遭遇するたび(兄が)倒して回っていたが、友好的な怪異に出会った記憶はない。

「逃げればいいのに、お兄ちゃんが戦うから、竹刀が折れたり、曲がっちゃったりして大変だったんです」

「だが、今なら、これがある」

 由良のやれやれと言いたげな呆れ顔に、庵がぬっと顔を出して口を出す。その手には、まつのきのかごにわで手に入れた鎌槍が握られていた。

「普段なら銃刀法違反で、しょっ引いているからな」

 僅かに自慢気だった庵に釘を刺すように間下は窘める。

「た、たしかに! …お兄ちゃん、捕まってもお弁当の差し入れはするからね」

「逮捕される前提なのか」

 妹による容赦のない梯子外しが庵を襲う。

「異常事態なんだ。許してやってくれ」

 志貴はそう言いつつ、申し訳なさを感じていた。庵がさらに頼もしくなった反面、本物の槍を持たせるということは怪異に出会った時、前線での対応を任せたと暗に言っているようなものだ。彼は成熟しているが、まだ大学生という若さだと思うと、大人である自分としては自分が情けない。

「はぁ、見逃してやるのは今だけだ。事が終わったら、正当な手続きを済ませろ」

「…手続き、か」

「面倒くさがるな」

「お兄ちゃん、大学に入学する時も届出相手に唸ってたからね」

 庵の渋い顔に気づいたのだろう、由良はしょうがない子ね~といった態度だ。

「言わなくてよいこともあると思うぞ、由良」

「ははっ。そういえば、あの後、玉得さんに会いに行けたのか」

 珍しく劣勢の庵に助け舟…とまではいかないが、志貴は話題を変えるように言葉を挟む。本物の鎌槍を持った庵たちが急に玉得さんの元を尋ねれば、驚かせてしまうだろう。

「えっと、実は会えてないんです」

「そうなのか」

「会いに行こうとしたが、壱衛門に邪魔をされて」

 簡易的なお泊りセットと菓子折り片手に庵たちは玉得の待つすだま神社を訪ねようとしたが、向かう途中で壱衛門から襲撃を受けたのだという。どうにか追い返したとはいえ、居場所がバレてる以上、お互いの安全の観点から合流は一時保留となった。

「奴の狙いはなんだ」

 間下は壱衛門への謎を深めていた。

 玉得綾子は『壱衛門は異界の狂気にあてられて、時場所に問わず、異界に迷い込んだ人間を襲うなどの犯罪行為に手を染めている』と言っていた。実際に壱衛門は神出鬼没に現れては人間に危害を加えている。しかし、引き際を弁えた動きは理性的に見えた。

「彼にも色々聞きたいことがあるな。庵たちと同じ龍笛を持っていたということは、松木家と関係があるのか…?」

 松木家は知ってか知らずか、あの「まつのきのかごにわ」を所有している資産家一族だ。怪異との関わりはもちろん、『連続心中不審死事件』の発端に関わっている可能性すらもある。

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