第40話
「行こう」
扉の先を見据える庵の声に間下は立ち上がり、先導しながら扉の奥を見る。中は一つの細長い木の箱がポツンと置かれた部屋だった。
他には…何もない。
「なんか、汚いね」
間下と庵の後ろから覗き込んでいた由良の言う通り、木の箱は土にでも埋まっていたのか泥や土埃で汚れており、蓋には『血を継ぐ者よ。干支の血筋、古の時代より物の怪を調伏せし血、力は満ちた 己が役目を思い出せ。求めるものは、ここにある』と焼き印されている。
「また、己が役目を思い出せか」
「中には何か入っていそうか」
『求めるものは、ここにある』と再三にわたり書かれている以上、自分たちが求めている呪いを解く何かが入っているのではないかと期待が高まる。
「開かないな」
間下は箱の蓋に手をかけたが、びくりとも動かなかった。バールのような道具を探すか、箱ごと運ぶ必要がある。
そう思った矢先だった。
「開いた!」
由良の声に間下は志貴から庵へと視線を移すと、箱の蓋が開いていた。腕試しか、何か感じたのか、庵が箱の蓋に手を遣って力を込めた結果、呆気なく箱の蓋を開けてみせたのだ。
「槍…? 本物か?」
箱の中には白い布で巻かれた鎌槍が入っていた。その穂先や重さは模造品ではない。
「どうやって開けた」
「普通に開けたつもりだが…これは…」
間下の問いに、庵は首を傾げる。何も特別なことをしたつもりはなかったからだ。
「…血を継ぐ者」
志貴はぽつりと呟く。志貴の目から見ても、間下と庵の箱の開け方に大した違いはなかった。だが、今までの不思議な仕掛けを見るに、箱に刻まれた文字に意味があるように思える。間下は開けられず、庵には開けられた。
それは、つまり…。
「庵が血を継ぐ者つまり松木家の血筋…末裔だったから、開けられたんじゃないか」
この「まつのきのかごにわ」を所有するのは松木家。真下の資料にあった「呪われた家系」というのも噂ではなく事実なのかもしれない。そもそも、ここに来るきっかけになった龍笛も庵たちが持っていた。龍笛の元を辿れば、母親の遺品らしい…おそらく、母方が松木家の血筋だったのではないだろうか。
「母は、そんなこと一言も‥」
「松木家の話なんて聞いたことありませんよ…?」
流石の庵もたじろぎ、由良は半信半疑で不安そうな顔をしている。動揺するのも無理はない。ここに来るまでの道すがら、庵たちの話では両親の遺品に松木家や怪異に関係するような物品は無かったという話だった。このような建物を持つ怪しげな資産家の血筋だと言われても、不安や困惑しかないだろう。
「ん?」
間下は鎌槍と布の間から舞うように落ちていく四枚の紙を空中でキャッチする。皆の視線もそちらに向いた。それは、どこか懐かしい列車の切符だった。今のデザインより、ずっと古いもので行き先は滲んでいて読めない。
【しのかげを はらいてらさん もちづきの ひかりいづるすべ うまやにぞある】
突如、火傷が皮膚を蠢き、いつもの芋虫姿で言葉を喋ったのだ。手を繋いでいないにも関わらず、次に向かう場所はここだと示してきた。
「もう、新たな指令か」
それぞれがタイムリミットを意識する。間断なく出される指令、試練…まるで急かされているようだ。
「…ここで終わりじゃなかったけど、次が最後、なんですかね…?」
志貴は由良の言葉に頷く。死の影を祓う術という言葉に噓偽りなければ、この切符が導いた場所で呪いを解く方法が見つかるはずだ。『うまやにぞある』と『列車の切符』…現代で言うところの『駅』に何かあるのだろうか。希望は見えてきたが、タイムリミットが迫っているのも事実であり、油断はできない。鎌槍についても切符と一緒に入っていたからには、必要なものと考えて持ち帰ることとなった。
「まさか、普通に帰されるとはな」
間下は「まつのきのかごにわ」を横目に見ながら、車のハンドルを切って駐車場を出て行く。
「俺たちが切符を手に入れた時点で、あの建物は役割を終えたのかもしれないな」
鎌槍と四枚の切符を手に入れた後、元来た道を辿って帰ったわけだが、拍子抜けするほど何も起こらなかった。空間的な異常は残っていたものの、怪異に襲われるようなことはなかった。
体力というより精神面で疲労を感じる部分はあったが、まだ余力がある。あの芋虫の言う通り、近辺の環橋駅へと志貴達は向かった。




