第39話
庵達のいる部屋に戻ろうとして、志貴は違和感を覚える。何故だろうと宴会場を見渡し、それぞれの席にクローシュが置かれていることに気がついた。奥の部屋に入るまで無かったものだ。
「これは」
志貴はクローシュに触れる。料理の鮮度や温度を保ち、埃などを防ぐ役割の他に、これには開けるまで中身が分からないというサプライズ的な役目がある。何かしらのヒントが入っているかもしれない。
「…? ん? 開かないな」
クローシュは皿と溶接されているかのように動かない。間下も隣にあったクローシュに手を遣ったが、皿から持ち上がる気配すらない。
「これも謎かけか」
「どうだろうな。中身も分からないわけだし…」
言葉が刻まれたダイヤ型の短冊、扉に書かれた文章、どちらにも接点がないように思える。
「志貴」
「やっぱり、気になるのか」
間下はクローシュのつまみの部分を強く摘まんでいる。
「皿の方を持て、引き剝がしてやる」
皿を机に押さえつけるように志貴は手を置き、間下がクローシュのつまみを掴み直すと、渾身の力で持ち上げようとする。その最中のことだ。志貴は突然、妙な酩酊感を覚え、目をつぶると「たしょうの」と書かれた短冊が皿の上に乗せられ、クローシュで蓋をされる光景がフラッシュバックした。
「今のは…過去視か」
怪異に関係するクローシュを皿から引き剝がそうとする中で、間下と身体が触れ合ったからだろうか。
「何が見えた」
「中身だ。「たしょうの」と書かれた短冊が入っていた」
「なら」
そう言いながら、間下が別のクローシュに手を遣り、志貴もクローシュに触れれば、今度は「古川」と書かれた短冊が視える。確信を得た二人は残ったクローシュの中身を確認すると、全てメモ帳へと書き留めた。
『入れず・成らざらん・肉を・古川・化け・たしょうの・亡びて』
「ことわざか」
木の椅子に括られていた『唇・袖・剥がれる・水・断つ・精神・仏』、絵馬のようにぶら下がっていた『骨を・歯・に・何事か・縁・の・魂』の言葉を踏まえて考えると、いくつか言葉の欠落はあれど、組み合わせ次第で七つのことわざが出来るだろう。
「このことわざをどうしろと」
「ことわざを完成させればいいんじゃないか」
「完成させて、何になる」
「そうだな…。それぞれに対応した席に座ればいいんじゃないか」
志貴の席には「亡びて」、間下の席には「たしょうの」、庵の席には「皮が」、由良の席には「古川」の短冊があった。めでたき食事会の続きならば、これもまた席次表の代わりであり、自分たちの座るべき席を表している可能性がある。庵達にも声をかけ、間下のメモ帳の上で、それぞれの文字を使ったことわざを作り上げていく。
『袖振り合うもたしょうの縁』・『化けの皮が剝がれる』・『肉を切らせて骨を断つ』・『仏作って魂入れず』…まではスムーズに組み合わせることが出来たが、あまり読んだり、使ったりする機会のない『唇亡びて歯寒し』・『古川に水絶えず』・『精神一到何事か成らざらん』は、思い出すまで難航した。
「本当に、ことわざになった」
最後まで、こんなことわざあったっけ…と、自分の勉強不足による難問に由良は頭を悩ませていたが、いくつか知らないことわざがあれど、正解ぽいことわざの完成に四人は喜んだ。
『唇亡びて歯寒し・袖振り合うもたしょうの縁・化けの皮が剝がれる・古川に水絶えず・肉を切らせて骨を断つ・精神一到何事か成らざらん・仏作って魂入れず』
「これで、合ってればいいんだが…」
それぞれ、自分のことわざに当てはまる椅子へと腰を掛けると、「肉を切らせて骨を断つ・精神一到何事か成らざらん・仏作って魂入れず」の椅子のみ花が生え始めたかと思うと「袖振り合うもたしょうの縁」…つまり、間下の席からも蕾が生えたあたりで成長が止まり、目の前の閉じられていた扉が勝手に開いた。
「…気味の悪い仕掛けばかりだ」
間下は花の蕾に囲まれながら、苦々しく呟く。ここに来てから怪異に直接的に襲われてはいない…だというのに、どこか薄気味悪く、常に心臓を握られているような…まるで何かに監視、値踏みされているような視線をずっと感じるのだ。




