第38話
庵の皿にチーズケーキをサーブして、志貴は手つかずの料理を探し始める。どれも美味しそうだというのに、食べやすいように一口サイズに切り分けられており、目の前にある物が完全形なのか分からない。
「…」
甘いものだらけの空間に若干の胸焼けを感じ始めていた志貴は、一つの甘味に目が留まる。ケーキやお菓子の類に紛れて置かれた団子タワー。大皿料理を避けてきたが、ピラミッド型に盛られた三色団子は数を見ても一串だけ取られた様子もない。
一番上の串団子を手に取った志貴は自身の皿の上に置いた。
「…」
……何も起こらない?
「! お兄ちゃん!?」
皿の上の三色団子を見ていた志貴は、由良の声に驚いて顔を上げる。二人を見れば、庵がフォークを手に取ってチーズケーキを食べていた。
「ん、毒は入っていないようだ」
「ほんと? じゃなくて…」
「何も起こらない以上、『一人一品、お召し上がりください。』という言葉に倣って、出されたものを食べるべきだろう」
「うーん、そうなのかな…」
兄の言い分に由良は渋い顔をしながらもスプーンを手に取ると覚悟した様子で、ミルクチョコレートたっぷりのプリンを食べる。
「っ! ぉ、おいしい! 高級な味がする…このまろやかさ、ホテルとかで出る、お高めのやつだよ」
元気に喋る様子を見るに毒は入っていないようだ。
志貴も三色団子を口に運ぶ。桃・白・緑…「子孫繫栄」を願う桃色・「清浄」の白・「邪気を払う」ヨモギの緑…それぞれが春・冬・夏を表している。ちなみに、三色団子に秋がないのは、「飽きがこない(秋が来ない)」という言葉遊びで、「この幸せな時間がずっと続いて、飽きることがないように」という願いが込められているそうだ。
「ごほっ、ぐっ」
「志貴さん!」
「だ、大丈夫だ! 噎せただけで」
正直、お茶が欲しかった志貴は噎せながらも、三色団子をモグモグと食べていく。三人とも食べ終わった辺りで、さて…と志貴は間下を見る。案の定、金縛りによって紅白餅を口にできていない。
「なんか、怒ってます?」
「怒っているな。どうしますか、志貴さん」
最初は恐る恐る食べていた二人だったが、今では完食して志貴の隣に立っている。
「…食べさせてやるしかないな」
志貴は二人に指示をして、「なんだ…」と言いたげな顔というか目をしている間下の斜め前に立った。怪訝な様子の間下に一言謝罪をして志貴はその口の中に両手の親指を突っ込み、無理やり口を開けさせる。僅かに開いた間下の口に、由良が一口サイズより一回り小さくちぎった紅白餅を入れ込んだ。
「っ、ごほっ、げほっ」
間下は激しく咳き込んで悶絶する。
「大丈夫か」
反応を見るに毒は入って無さそうだな。
「どう見ても大丈夫じゃないですよ!」
由良は間下の背中をさすり、庵はハンカチを手渡した。
「くっ、そが」
咳が収まってきたかと思えば、間下は今までの仕打ちを呪うように暴言を吐く。金縛りが解け、すっかりいつもの間下に戻ったようだ。そして、やるべきことは分かっていると言うように間下は苛ついた様子でバクバクと紅白餅を口に放り込んで、あっという間に胃へと収めてしまった。
「召し上がってやったぞ」
間下は口元の餡を指の腹で拭って、嫌味たっぷりに巨大な少女を睨みつける。すぐさま、志貴に「下手に刺激しないでくれ」と止められている間に、由良は部屋の変化にいち早く気づいた。
「扉が開いてる…」
由良は窓の外をじっと見ていた兄の裾を引っ張り、宴会場の一番奥…木の戸を指さした。閉まっていた木の戸がいつのまにか開いていたのだ。向かっていこうとする庵を抑え、間下を先導に四人は木の戸の先を覗き込む。
奥に錠前のかかった両開きの扉が見え、手前には葉の生えた木の椅子が七席、並べられていた。椅子から生えた葉、その茎部分には短冊のようにダイヤの形をした和紙が結び付けられている。
「唇…袖、こっちは剥がれる、そっちは水か」
目下の危険が無いことを確認した四人は部屋の中に入り、またしても謎解きを強いられていた。生えていた木からそのまま切り出したような椅子を調べていると、それぞれの椅子には『唇・袖・剥がれる・水・断つ・精神・仏』の言葉が綴られた和紙がぶら下がっていた。
「ここに指示が」
志貴と間下で和紙に刻まれていた文字をメモしていると、奥の扉を見に行っていた庵たちから声をかけられる。見に行くと、扉の横にある柱に『血を継ぐ者よ。三代価を払い、血を滾らせ、己が役目を思い出せ。求めるものは、ここにある』と記されていた。
「三代価ってなんでしょう。それに役目を思い出せって?」
由良の疑問に答えられる者はいない。だが、また謎かけだろうという気持ちは共通認識だった。椅子の短冊以外にも、扉の横には『骨を・歯・に・何事か・縁・の・魂』と絵馬のように七つの短冊が結ばれている。
「どういう意味だ」
柱に刻まれた文章と短冊に刻まれた文字の関連性を導き出せず、四人は頭を悩ませる。
何かヒントは無いだろうか…志貴はぐるりと辺りを見渡して、ふと思い出す。こちらを窓から観察していた巨大な少女ならば、何か知っているんじゃないか…何も答えてくれないかもしれないが、志貴は宴会場へと立ち戻った。
幸か不幸か、巨大な少女は既に姿を消していた。
「人形にも変化なしか…」
仲居姿の絡繰り人形は定位置であろう入口近くで停止していた。先程まで、両手にお盆を持って動いていたというのに、今はピクリとも動かない。
「単独行動するな」
ぬっと現れた間下の三白眼が志貴を睨む。
「す、すまん」
間下だって、今日の朝、単独行動していたじゃないかという言葉を志貴は呑みこむ。
「あの巨大な少女なら何かを知っているかもしれないと思ってな…」
「不用心な奴だ。相手は怪異だぞ」
「それでも、話は出来そうな雰囲気だったじゃないか」
この腕に刻まれた火傷が芋虫の姿で助言してくれるように、彼女も何かしら応えてくれるのではないかと期待したのだ。現状、あの火傷の芋虫は手をつないでも反応してくれない。ダメもとで巨大な少女と会話しに来たというのに、当てが外れてしまった。
「どうだか…」
間下も金縛りに遭っていた間、巨大な少女が窓から自分たちを見ていたのは知っていた。妙に子供ぽい試練やお題に対して、自分たちがどのような行動をとるか、観察されているようで間下は気味が悪かった。
「心配かけて悪かったな、戻ろう」




