第37話
「まただ」
カタリと絡繰り人形が音を立てて進み始めた。やはり、一人一人試されているのか。今度は志貴の席で止まり、「ケーキサーバーをどうぞ」と言わんばかりにお盆を差し出した。
「…っ」
志貴は数十分ぶりに声を出して動けるようになると、二人を労う余裕もなく意を決して振り返った。
じっ…と巨大な目玉に見つめられていた。
顔しか見えないが、志貴は確信する。あの夜、天窓から自分と間下を覗き込んだ巨大な少女だと。
「っ、君は、何が目的なんだ」
志貴は問いかけた。
何故、こんなことをさせるのか。
何故、無差別に呪いの火傷を振りまくのか。
どうしたら止めてくれるのか。…対話を試みたのだ。しかし、巨大な少女は窓から志貴達の様子を見るだけで、問いに答えることはなかった。
「志貴さーん、どうしたんですか?」
志貴の様子を見た由良が心配そうに駆け寄ってきた。
「え」
「何か居るんですか」
「やめてよ、お兄ちゃん!」
庵たちに声をかけられ、志貴は巨大な少女と二人を交互に見る。
「君たちには、窓の外にいる怪異が見えていないのか」
「いるんですか!」
志貴の言葉に、由良は声を上げて窓から距離を置き、庵は窓の外を見据えて身構えた。
「ずっと、めでたき食事会と言って謎を出してきただろう…?」
「…すみません。残念ながら、俺たちに怪異の姿は見えていません。声は聞こえていましたが、部屋に響く謎の声だと思っていました」
二人が動揺していなかった理由を志貴は理解する。
そもそも見えていなかったのか。それに、巨大な少女は謎かけを出したり、自分たちの様子を見たりする以外の行動を起こす気はないようだ。
志貴は改めて、目下の問題である仲居姿の絡繰り人形を見る。その顔からは何も読み取れないが、また謎かけを強いられるのだろう。
志貴は心してケーキサーバーを受け取った。
今日はめでたき食事会
親戚の一人が毒殺されました。
犯人は執事の一人です。
当主様にふさわしくない者がいるので、甘味に毒を混ぜたとのことでした。
毒が混ぜられた甘味は一品だけ。
一人一品、お召し上がりください。
巨大な少女はそう述べると、口を閉じて再び四人の行動を観察し始めた。志貴はケーキサーバー片手に立ち上がり、眼前にある甘味の展覧会を見下ろす。
この中のどれかに毒が…?
「臭いか、血で判断するのか?」
「でもでも、一品選べばいいんですよね! なら、きっと大丈夫ですよ。凄い量だから確率的にハズレを引きにくいはず、絶対に大丈夫なものを一品…」
「いや、『一人一品、お召し上がりください。』ということは、君たちの分と間下、俺、合計四つ選ぶ必要があるだろう」
「え! 四つも選ばなくちゃダメなの」
「…だが、どれも冷静に考えれば分かる問題ばかりだった」
不安げな由良に庵が声をかける横で、志貴は腕に刻まれた文章を読み返しながら整理する。この卓に並べられた料理の一つを食べて、親戚の一人が死んだ…。
「…これなら、大丈夫か」
志貴の目に留まったのは、三方に盛りつけられた拳大の紅白餅。粉雪を振りかけられたような白い餅と、紅というより桜を思わせるピンク色の餅に青々とした南天の葉が添えられている。敷き紙の上から動かされた様子も、誰かに食べられた様子どころか触られた形跡もない、綺麗な形で残されている。
「食べられた跡が無ければ、毒は入っていないと思うんだ」
毒が入った甘味には、毒殺された人間の食べた跡が残っているはずだ。とりあえず、ケーキサーバーで紅白餅を持ち上げてみる。
「あ、それ、そうやって使うんですね」
「あ、ぁ…」
返事が曖昧になる。ケーキサーバーで持ち上げたはいいが、ケーキではなく餅であったこと、思っていたより中身がずっしりと詰まっていたこともあって、少しでもバランスを崩したら落としそうだ。餅が傾きだしたあたりで、近くにあった間下の皿へと緊急サーブする。
「ふぅ…」
足元がもつれた勢いで間下の顔面に放り投げそうになった志貴はほっと息を吐く。
「あのロールケーキも平気でしょうか」
庵が指さした先には、横長の皿に置かれた美味しそうなロールケーキがある。
「…いや、どうだろうな」
志貴の言葉に庵は首を傾げた。
「皿の長さに対してロールケーキが短いんだ」
志貴の指摘通り、一口サイズに切られたロールケーキに対して皿が長めに見える。まるで、一、二切れ分、ロールケーキが無くなっているように見えなくもない。
「なるほど。一口で食べられている可能性があるということですね」
マカロンが山盛りになっている器やアフタヌーンティースタンドに載った小さなお菓子、ビュッフェ方式のおしるこやフルーツポンチなどの大皿料理も危険だろう。
「お皿とのバランスも見なくちゃいけないの…? じゃあ、これは」
由良が目を付けたのは、ガラス製の大皿を贅沢に満たすホワイトチョコソースに浸かるプリンだ。それは温かな湯気を微かに立てており、とろりとなめらかな質感が見てるだけでも伝わってくる。その乳白色の海の底には、黄金のプリンが眠っている。
スプーンで作られたクレーターのないプリンならば、問題ないだろう。
「大丈夫だと思う。由良は、これでいいか」
「はい! あ、でも、お兄ちゃんか志貴さんの分にしてもいい、ですよ…?」
「気を遣わなくてもいいさ」
志貴の言葉に続いて、庵も「由良が食べなさい」と微笑みかける。
「ありがとうございます。私も探すの、もっと頑張りますね」
由良は拳を作って、目にメラメラとやる気を宿す。そんな二人に協力してもらいながら、志貴は目を皿にして毒の入っていない甘味を探した。
「このチーズケーキも大丈夫だろう」
ジンジャークッキーたちに囲まれたチーズケーキ。まるで、ジンジャーブレッドマンたちが意思を持って、チーズケーキを中心に祝いの舞を踊っているようで愛らしい。皿を見ても妙な隙間は無く、チーズケーキ本体にも切られた跡や一口かじったような跡もない。
「ホールケーキなら大丈夫だな。庵はこれでいいか?」
「‥いいんですか」
「あぁ、君にも少し安心してほしい。気を張り続けているだろう?」
まだ数時間ほどの付き合いだが、庵は常に臨戦態勢というやつだ。周囲への警戒はもちろん、おそらくだが…俺たちに対しても警戒している気がする。会ったばかりで信用しにくいというのも分かるが、少しでも休んで欲しいものだ。




