第36話
「…大丈夫だ。見たところ、髪の毛に埋もれているが、息は出来ている」
金縛りで動けない上に人形の髪の毛に吞み込まれている間下だが、その顔がさらに苛立っている以外、命の危険は今のところ無いように見える。
「それに、数学苦手なのに!」
「これは‥算数だ。同じ値段になるように花を三等分に切り分ければいい」
「それなら出来る、はず…えっと、値段は…」
由良は慎重に髪の毛の束に近づいていき、金色の花に触ってみると花のような柔らかさはなく、見た目通りの金属で出来た花だった。金属特有の光沢を放つ花弁を持ち上げ、覗き込むと茎の部分に十一万と書かれた値札が貼られていた。
「十一万円!」
由良は万単位の値段が並ぶ不気味な花冠を確認すると、泣き面に蜂な間下に「借ります」と言ってメモ帳を拝借する。そのメモ帳をテーブルに広げると、数字を書き込んでいった。
「九・十一・三・三・七・十一・八・十・二・六」
「これを三等分にすればいいんだよね」
今回は時間制限を設けられていないこともあり、由良は少しずつ落ち着きを取り戻していた。庵は静かに安堵する。由良の青ざめていた肌が、徐々に赤みを取り戻してきていたからだ。
「同じ値段になるようにな」
「分かってるよ。でも、お兄ちゃんも一緒に考えてね」
勿論だという兄の言葉に由良はほっと息を吐く。自分が一番最初だったら…と思うたび、由良の背筋に悪寒が走った。絶対にパニックになっていたという確信があったからだ。
「計算の仕方は」
「全部足して、三で割ればいいんでしょ」
それぐらい分かるよ…と由良は少しばかり胸を張ってメモ帳に筆算を書いていき、最後に三で割る。
「…あれ」
ところが、綺麗に割り切れず、小数点へと移行した。
「計算、間違えたかも!」
「いや、あってる。見間違えたか」
庵と由良は再び花の値段を数えて回る。しかし、値段に間違いはない。
「こ、こういう時はもう一度、問題文をよく見るんだよね。えっと、『今日はめでたき食事会 参列者の女性が…」
由良は腕に刻まれた内容を音読するが、頭は真っ白になっていく一方だった。時間制限はないはずだけど、もしもあったら…? そのタイムリミットを過ぎてしまったらどうなる。分からないけど、良くないことが起きる気がした。異界に来てから、お兄ちゃん頼りで…てんでダメだと由良は泣きそうになるのを堪える。
「待て、十二…?」
「え?」
「二、四、六、八、十…十個しか花はないぞ」
花冠を見渡した兄の言葉に由良も顔を上げて、花の数を数える。
確かに十個しか花がない。
「…あ! ついてる!」
兄より低い自分の視線が捉えた数字…間下と同じく、髪の毛に巻き込まれた下座六に座る日本人形にも値札が付いていた。
「十二万円! …間下さんにも、ついてるかも」
由良は髪の毛に絡まれている間下を見る。庵が間下のもとに走り寄れば、間下は眼球を動かして庵と右斜め下を何度も交互に見た。その視線の先には、例の火傷が刻まれた腕がある。だが、火傷は芋虫の形ではなく「五万円」という数字に姿を変えていた。
「五万だ」
火傷が姿を変えることは、今までも多々あった。いちいち、反応することではないだろうと庵は判断し、混乱させないために必要な情報のみ由良に伝えた。
「十二万円と五万円だから、合計に十七万円を足して、三で割ると……二十九万円!」
後は、この円状に並ぶ花冠を三等分にするだけだ。
「九・十一・三・五・三・七・十一・八・十・十二・二・六…」
この順番を変えずに三等分にした時、全て二十九万円になる組み合わせを探せばいい。円状ゆえに起点が分からないが、最初の組み合わせさえ出来てしまえば、後は簡単だ。
「五、三、七、十一、八…違う」
「十二、二、六、九…二十と九で二十九万円!」
由良は高校受験に受かった時と同じくらいの声をあげた。自分が見つけた十二万円という数字から足していけば、二十九万円という数字が導き出された。
・十二、二、六、九
・十一、三、五、三、七
・十一、八、十
この組み合わせで切り分ければ、三つとも合計金額が二十九万円となる。間違いがないように何度も確認しながら髪の毛で出来た花冠を由良は切り分けていった。
「切ったけど…」
髪の束の太さに苦戦しながらも三等分にした由良だったが、何か異変が起こるわけでも、絡繰り人形が動くわけでもない。故に「次は、どうしよう」と困り顔で兄を見上げる。
「ん、『私と私の弟、あなたの分の三等分に分けてくださいな。あなたの取り分はそのままお祝いとして差し上げます。さあ、どの花が欲しいですか』と言っている以上、好きな髪の束を選べばいいんじゃないか」
「じゃあ、十二万円の…ん?」
切り分けた一つに手を伸ばした時、兄以外の視線を感じた由良はすっと顔を上げる。間下と同じく、金縛りに遭っている志貴の目が自分に向いていることに気づいた由良は思わず、驚きの声を上げた。志貴は二人が視線に気づいたことが分かると、何度も対面にいる間下の方を見る。
「…?」
動けないなりに何か伝えようとしているのは分かったが、どうして欲しいのか分からず、庵は首を傾げる。
「間下さんを選んで…ってことですか」
志貴の顔をじーっと見つめていた由良は、自分なりに志貴からのメッセージを受信する。
「えーと…そうだ! 言っていることが、合ってるなら瞬き、違うなら目をつぶってください」
昔、洋画で見た記憶を頼りに由良が言うと、志貴は瞬きを繰り返した。当たった! と喜ぶ由良の横で、庵は妹の意外な特技に目を見張った。
「何故、分かった?」
読唇術…いや、口すらも動いていなかった。まさか、読心術か。目を丸くする庵の言葉に由良は少しばかり呆れた顔をする。
「お兄ちゃんと暮らしてればねぇ…」
「む、なんだ、今の意味深な…」
「でも、そっか。『あなたの取り分はそのままお祝いとして差し上げます。』ってことは、間下さんを選べば、私の取り分として助け出せるってこと?」
兄の視線は置いておいて、志貴の意図を読み解いた由良は間下のもとに向かう。
「じゃあ、えっと…これ、ください!」
由良が間下が絡まっている髪の毛の束を掴んで、そう告げると…選ばれなかった花々の髪の束が一気に燃え上がり、下座五と六の日本人形もろとも燃えカスとなった。
「…あ、危なかった」
もし、間下を選んでいなければ、どうなっていたか。薄灰色の煙を僅かに上げる黒い塊となった日本人形たちを見て、由良は身震いした。




