第35話
「また、謎解きか…」
庵は自身の腕を見つめる。
腕には部屋に響いた言葉の内容が焼き印のように刻まれていた。手に取った盃と腕の文字列を何度も目で追い、庵は嫌な予感の的中を確信する。先程は席順や絵ばかり気にしていて、机に置かれた食事の内容をよく見ていなかったが、机には沢山の洋菓子や和菓子が並べられている。そして、それぞれの席に自分が手に取った盃と同じものが置かれている。
その盃が唯一置かれていない席が二席あった…下座三と四の席だ。
下座三の席には間下が座っている。
志貴の言っていた通り、自分たちを招待客と捉えるなら「客人」とは間下を、「親戚」とは下座四の席に座る日本人形を指しているのだろう。
この話は下座三と下座四の間で盃を入れ替えていく工程を六四五回くり返した時、最後に盃を持つ人間は誰なのか。そして、話の通りならば、その人物が毒酒を飲まなければならない。その毒酒をどちらに渡すか、スタートを選ぶ立場にあるのが庵だ。つまり、庵の決断によっては間下が毒を飲むことになる。
「ふぅ…」
庵は息を吐き、思考を巡らせる。冷静さを装う庵だが、武芸に長けている自信はあれど、こういった頭をひねる行為はどうにも苦手だった。
今までの問題を見る限り、考えれば答えを導き出せるものばかりだった。実際、自分で指さし確認しながら六四五回試せばいい。だが、三分以内に決めなければ、間下と日本人形どちらにも、『喧嘩両成敗』という名の何かしらの罰が下る。
初めに間下の席に毒酒を置くことは躊躇われた庵は「親戚」と思われる日本人形に毒酒を置くことを仮定して考えた。
親戚、間下、親戚、間下、親戚、間下、親戚、間下、親戚、間下、親戚、間下、親戚
…庵の指先が止まる。ある規則性が見えてきたからだ。
十回目も、二十回目も間下で毒酒が止まる。二、四、六、八、十、十二、十四、十六、十八、二十…親戚を起点とした時、必ず偶数のタイミングで間下に毒酒が置かれる。
「ならば…」
庵は毒酒の盃を持って立ち上がり、下座四の席に置いた。正確な残り時間が分からなかった故に行動するしかなかったところもあるが、庵には問題ないという自信があった。親戚を起点にした時、偶数のタイミングで間下の席に盃が置かれる。六四五回目は奇数…次には、親戚と思われる日本人形の口から血が滴り、まるで毒に苦しむかのように痙攣を起こしながら崩れ落ちていった。
…冷静に考えれば分かる問題だった。簡単な謎解きで助かったが…何故、こんなことをさせる…?
庵は黙考したまま、倒れ伏した人形から微動だにしない間下へと視線を向けた。間下は硬直した状態から抜け出せていないが、それ以上の異変が起こる様子もない。ひとまず、乗り切ったか…と庵が息を吐こうとした時、再びお盆を持った絡繰り人形が動き出した。
カタカタと音を響かせながら動き出し、今度は由良の前で止まった。
「ごほっ、あれ、こえ…わ、私?」
由良は数分ぶりに金縛りから解放されたかと思うと、絡繰り人形に今度は貴方の番ですと言わんばかりにお盆を向けられる。
「ぐっ、ぅ‥」
庵は由良よりも早く、お盆へと手を伸ばした。…が、鋭い痛みが走り、その勢いは強制的に断絶される。
「お兄ちゃん!」
由良は兄の様子に声を上げるが、庵は顔を顰めて絡繰り人形を睨んでいた。先程の謎かけ、判断を間違えていれば、人死にが出ていた。もしもの可能性を考えるならば、そんな決断を迫られる立場に由良を立たせたくなかった。しかし、回答者は妹に代わって兄である己がやるという意気で伸ばした庵の手は、腕の激痛によって阻止された。邪魔をするなと言わんばかりの激痛に耐え切れず、庵は伸ばした腕を引いて痛みに呻く。
「お兄ちゃん、私なら大丈夫!」
大丈夫じゃない。本当は大丈夫なんかじゃない。
由良は今の自分にできる限りの笑顔を作って、殺気立つ兄を安心させようとした。すぐに作り笑顔だって分かってしまうだろうけど、そうでも言わなければ、兄は止まらず、自分のために無茶をし続けると分かっていたからだ。
「ここから選んだら…また「何か」するんだよね…多分」
差し出されたお盆の上に鎮座するハサミとケーキサーバーを見た由良は顔を上げて兄の顔を見る。庵は引き攣った笑みを浮かべる妹に断腸の思いで頷き返した。
あの兄が瞬きを忘れるほど、プレッシャーを感じた選択を…今から自分もする。
その事実に、由良の鼓動は早くなっていく。それを外側から抑えつけるように胸へと手を当て、由良はお盆の上で佇む二品をじっと見つめた。
銀色のハサミは…美容師さんが持ってそうな細身のハサミ、もう一つは…銀色の…コテ? リフォーム系の番組で、こんなのを職人さんが持ってた気がする。
由良は悩んだ末に、恐る恐るハサミを手に取った。もうひとつのケーキサーバーというものを由良も見たことが無く、何か起こるならば、未知の物よりハサミの方がマシだと思ったのだ。
「え、う、動い‥」
ハサミを手に取った途端、庵の対面に座っていた下座五の日本人形がカタカタと震えだす。次の瞬間、その人形の髪が鉄砲水のような勢いで伸び広がり、下座三の間下と下座六の日本人形を巻き込んで、下座五を中心に大きな髪の毛の輪が作られた。
「わ、わ、ちょっと待って」
由良は髪の毛に絡めとられていく間下に小さな悲鳴をあげる。その横で絡繰り人形は先程と同様に背筋を伸ばした。
今日はめでたき食事会
参列者の女性が十二の花を使った立派な花冠を作りました。
女性は提案します。
この花の一つ一つに値段がつけてあり、この花冠を三つに分けると、
それぞれの合計した値段が全く同じになります。
私と私の弟、あなたの分の三等分に分けてくださいな。
あなたの取り分はそのままお祝いとして差し上げます。
さあ、どの花が欲しいですか
その言葉と共に、髪の毛の間から金や銀色の花々が咲いた。
「…」
「由良、しっかりするんだ」
「お、お兄ちゃん、どうしよう。間下さんが…」
由良は兄に肩を揺さぶられるまで、目の前の光景に圧倒されていた。間下を巻き込んで六人掛けのテーブルを一周するほどの三つ編みの髪の毛の束が突然現れたかと思うと、ヘアピンのような感覚で金や銀色の花が髪の毛の間から咲いたのだ。
髪の毛で編まれた花冠が出来上がって、驚かずにはいられないだろう。




