第34話
「で、俺が忌み子だと?」
「消去法だとな」
志貴は思い当たる節があり、気落ちしていた。もし、この忌み子が間下を指しているなら「過去に囚われる」の部分は、きっと家族の話だろう。彼は今も囚われているのだ、母親に自分を否定され、海に捨てられたことを。志貴も昨日の夜で、間下の闇を全て晴らしたなどと大口を叩くつもりはない。だが、過去に囚われると指摘されたことに疑問を抱くことも、否定することもしない間下の様子に志貴は悲しみを覚えた。
「なんだ、その目は」
「いや、なんでもない」
「呆けてないで、考えろ」
「…あぁ」
今は、目の前の問題を片付けないとな。過去に囚われる忌み子に続く文章に『過去に囚われる忌み子、日に照らされる彼と向かい合え』とあるからには、太陽の当たる窓際の上座席、もしくは上座一、四の席に置かれた太陽の絵と向かい合うように座るべきだろう。ならば、間下は必然的に下座の席になる。下座で空席なのは、下座一、三だ。ということは、太陽の絵が置かれた上座一と向かい合う下座一に座ればいいのだろうか。しかし、『彼』とは一体、誰なんだ。
「ひとまず、お前らは上座五と六の席だな。で、アンタは」
「花の絵が女性の席なら、俺は上座三の席だな」
水面の絵かつ空席は、上座二の「水面に浮かぶ蓮の絵」、上座三の「水面に映る満月の絵」のみだった。花の絵が女性の席ならば、必然的に俺の席は上座三の席になるだろう。話を聞いた間下は「そうか」と言って、下座三の座布団に座った。
「間下! どうして」
「アンタが上座三なら、俺の中で納得がいく。『日に照らされる』の部分は上座四の太陽によって上座三の月が照らされている様、そして、彼と指定されている以上、俺は男と向かい合う必要がある。で、アンタが上座三なら俺の条件に当てはまるわけだ」
可能性としては高い。間下の言ったことも理解できる。それでも独断専行されると心臓に悪いものは悪いのだ。怪異が関わっている以上、慎重に事を運ぶべきだろう。だが、考えてみると他の皆も、ある程度の理由はあれど、断言できないものばかりだ。一抹の不安はあるものの、それぞれ自分の席に座った。
四人が腰を下ろした時、辺りが僅かに暗くなると同時に、謎の圧迫感によって志貴の体は動かなくなっていた。
「なっ…っ…!」
金縛り…?
指一本動かせないどころか、徐々に声も出せなくなり、謎かけを間違えた罰なのかと志貴は冷や汗を垂らす。まだ自由の利く眼球を動かし、打開策を探していたところで、目の前の間下が何かに驚いていることに志貴は気づいた。身動き一つとれない状況で間下の三白眼は何かを捉え、虹彩が小さくなっていた。方向を考えれば、自分の真後ろ、もしくは窓の外に何かいるようだ。だが、自由の利かない体では何がいるのか確認することもできない。このまま日本人形に仲間入りするのではないかと思い始めた時、「これは…。由良? どうした」と庵の声が聞こえた。
志貴が眼球を右に向ければ、庵は辺りの様子を疑いながら苦しそうにする妹の身を案じていた。
何故、庵は無事なんだ。
志貴の疑問は声にならず、代わりにカタカタと規則的な音と共に廊下からお盆を持った日本人形が現れた。
「何者だ」
庵は竹刀を手に仲居姿の絡繰り人形を睨むが、絡繰り人形は表情一つ変えず、ゆっくりと部屋に入ってくる。相手の出方を窺っているのか、庵も人形に危害を加えるようなことはせず、その様子を注意深く見守っていた。
絡繰り人形は畳の上でもバランスを崩すことなく進み、庵の席で歩みを止めるとお盆を下げて停止した。お盆には「お好きなものをどうぞ」と書かれた紙と共に、三つの品が置かれている。
一つ目は平たく、先が尖った銀色のスコップのようなもの。正確には、ケーキサーバーというのだが、庵は知らなかった。二つ目は何の変哲もないハサミ、三つ目は酒の入った盃という独特な三品だ。
庵は困惑していた。
「お好きなものをどうぞ」ということは、暗にどれかを手に取れと言われているようなものだ。だが、手に取ったら最後、何が起こるか分からない。先が読めず、庵は周囲に目を遣って状況把握に努める。由良は声をかけても視線をこちらに向けるだけで、その瞳孔の揺れからは困惑や恐怖を感じた。志貴や間下の表情、目の動きを見るに、おそらく二人も受け答えできるような状況ではないのだろうと庵は察する。
何か謎があり、その謎を解くことで正解の物品を選ぶのなら、まだしも、ただ選ばされるだけの状況に嫌な予感を覚えつつ、庵は盃を手に取った。
何故、それを選んだのか、直感で選んだというのが大きいが、強いて言えば、ケーキサーバーやハサミより危険性が少なく感じたのだ。盃の酒は米から醸造されたものなのだろう。白く濁っており、漉していないのか、どろりとしている。
日本人形は庵が盃を受け取ると背筋を正し、今度はどこからともなく部屋全体に声が響いた。
今日はめでたき食事会
親戚の一人がふさわしくない者がいるとして、その者の盃に毒を入れた。
それに感づいた当主は一つの提案をする。
まず、親戚と客人のどちらかに毒酒の盃を渡す。
それを互いに回していき、
六四五回目に毒酒の盃を渡された者が、それを飲む。
三分以内にどちらが飲むか決められなければ、喧嘩両成敗。
さて、親戚と客人のどちらに毒酒の盃を渡そうか
女性が喋り終わるのと同時に、庵は腕に激痛が走り、眉をひそめる。
今の声は…。
背後から聞こえた女の声に、志貴は覚えがあった。いや、自分を「あめんぼ」と指名した時点で気づくべきだったのかもしれない、自分たちに火傷を刻んだ巨大な少女だと。志貴は後ろを振り向こうとしたが、体は蠟で固められたかのように動かない。




