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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第33話

「危ない空気がプンプンします、ここ怪異さんの家?」

 エレベーターに乗った時点で、怪異の掌に乗ってしまったようなものだが、エレベーターは役目を終えたとばかりに操作盤のボタンどころか照明すらも消してしまった。芋虫がどういった思惑でここに招いたかは分からないが、戻る道が断たれた以上、もう前に進むしかない。各々、警戒しながら、目の前の障子を開けた。

「怖っ!」

「…人形、か」

「どうなってやがる」

「旅館、いや…料亭か?」

 障子の先は宴会場だった。老舗の旅館を思わせるような豪華かつ厳かな広間であり、奥にある閉まった引き戸を見るに、もっと広いだろう。エレベーターは地下に向かっていたはずだが、上座の窓からは立派な松の木の枝葉が覗き、木漏れ日が擦り切れのない畳を照らしている。また、不気味なことに、横長の広間には六人卓が二つ並んでいるが、いくつかの空席を残して他の席は志貴たちと変わらない大きさの日本人形が座していた。

 食卓にはケーキや和菓子ばかりの甘味フルコースが広がっており、中でも上座の席にはメニュー表のように一枚ずつ絵が置かれている。

「また、謎解きか」

 間下は恐怖というより奇妙という言葉に支配された宴会場を見渡し、入口真横に立っていた仲居の恰好をした日本人形の手元を見る。

 その両手に収まるお盆の上には一枚の紙が置かれていた。


  今日はめでたき食事会

   ・あめんぼ様、あなたの居場所はお分かりでしょ?

   ・地獄をみる者よ、うら若き花に囲まれど、求めるものはここにあらず

   ・花の乙女、寄り添い、地獄に呼びかけるか

   ・過去に囚われる忌み子、日に照らされる彼と向かい合え 

  どうぞ席にお座りください。


「どうぞ、お座りください、か」

 この謎めいた文章を読むに、これは席次表らしい。そして、自分達四人は『めでたき食事会』の招待客に含まれているようだ。

「少なくとも、アメンボはアンタの事だろうな」

 そう言われて、志貴は初めて間下と会った夜の事を思い出した。ビルの天窓から覗き込んできた巨大な少女が、自分を指して「あめんぼ」と口にした。自分のどこがアメンボなのか、その理由は不明だ。

 分かる日は来るのだろうか…?

「もし、アメンボが俺の事を指しているなら、それぞれ指示された場所に座ればいいのか」

 これは簡単に言えば、招待客がどの席に座るかを示した指示書だ。自分たちも招待されたゲストとして、席次表通りに座らなければならないのかもしれない。日本人形たちが座して待つ宴会場を改めて見る。

 六人卓が二つ、全部で十二席だ。上座は全て空席であり、入口から見て右側から順に番号を振るならば、一は沈みゆく夕日もしくは日が昇る朝日の絵、二は水面に浮かぶ蓮の絵、三は水面に映る満月の絵、四は穏やかな太陽の絵、五はカブトムシと炎の絵、六は月光に照らされる彼岸花の絵が置かれている。

 下座については、入口から見て一番右側の一は空席、二は日本人形が既に座っているが、他の人形たちとは違って髪が伸びきっており、自分自身を椅子に縛り付けている不気味な様相だ。その髪は入口に近い下座三の空席にまで侵食している。一席分の間をあけて、下座四、五、六の席には既に日本人形たちが静かに座っていた。

「俺がアメンボなら、上座の二、三の席のどれかだろう」

 アメンボといえば、水面をすいすいと移動していくイメージがある。ならば、水面の絵がある三つの席のどれかだが、さすがに座るべきは空席だろう。日本人形をめでたき食事会に招かれた客だとするならば、既に座っている日本人形を除けてまで席を奪ったり、日本人形の上に座るなんて非常識なことはしないはずだ。

「えっと、花の乙女って、わ、私ですかね」

 由良が恥ずかしそうに三人を見上げる。逆に君以外ありえないのでは…という率直な気持ちを志貴は飲みこんだ。

「そうだな。この中で最も適任なのは君だろう」

「それじゃあ…あっちか、あそこの席ですかね?」

 由良は宴会場の席を見渡して、あっちと言って蓮の絵が置かれた上座二の空席、あそこと言って彼岸花の絵が置かれた上座六の空席を指さした。

 花の乙女に続く文章は『花の乙女、寄り添い、地獄に呼びかけるか』だが、どちらの花にも当てはまる。

 蓮を花の乙女と捉えるならば「泥中の蓮」という言葉があるように、「泥の中から咲く美しい花」として、俗世(苦しみや煩悩)に寄り添い、清らか且つ悟りへと導いてくれる存在つまり仏を表していると考えられる。だが、彼岸花にも「曼珠沙華」の他に「地獄花」という別名があるので、この席が正解だとは断定できない。

「だろうな。そうなると、後は俺と庵か」

 間下と庵は互いに顔を見合わせる。地獄をみる者と過去に囚われる忌み子…どちらも並ぶ漢字から、あまり良い意味合いにはとれない。警戒していたのか、何か考えていたのか、先程から黙っていた庵が口を開いた。

「…地獄をみる。地獄は、あの炎の絵だと思いますか」

 庵は上座五の大火に飛び込んでいくカブトムシの絵を指さした。満月の夜に家々が燃え崩れ、大火が何もかもを呑みこんでいく中、一本角を携えたカブトムシが飛び入る様が描かれている。人が炎に巻かれて焼け爛れていく様子は地獄絵図といっても過言ではないだろう。

「あぁ、そう思うが」

 問いに答えると、庵は考え込むようにして伏目がちになった。

「…それでは、俺が地獄をみる者だ」

「何故だ」

 間下の問いに庵ではなく、曇った表情の由良が代わりに答えた。

「…父は火事に巻き込まれて亡くなったんです。その時、兄も父と一緒に居て、見てるんです、父の、最期を……」

 由良は悲しげな顔で言葉に詰まった。火事によって父親を目の前で失った、正に絵と同じような地獄を見たのだろう。

「そうか。思い出せて、すまなかった」

「いや、必要なことだと思うので」

 冷静なものだ。一度、黙祷をするように目をつむったものの、次には鋭い眼差しで「それで、この『うら若き花に囲まれど』についてですが…」と目の前の難題に向き合っているのだから。

「先ほど、花の乙女とあったように、花を女性と例えているのではないでしょうか」

 花を女性の比喩と考えるならば、『うら若き花に囲まれど』の意味は、庵の座る席の周囲は女性という指定になる。つまり、庵が上座五の席ならば、両隣の上座四、六の空席に座るのは女性に限定されるわけだ。

「なので、彼岸花の絵が置いてある上座六の席が由良だと思うのだが、どうでしょうか」

「そうだな」

 花の乙女の言葉にある『寄り添い、地獄に呼びかける』というのも、由良が地獄を見てしまった兄に寄り添い、声をかける様子を表していたのかもしれない。


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