第30話
「……満月を作ればいいのか」
会話を聞いていた志貴は二つの龍笛に刻まれたセミの半円を半月と捉え、満月になるように龍笛同士の意匠を合わせた。一つは横笛のまま、もう片方の横笛は縦向きになり、セミの意匠部分が交差したバランスの悪い十字架が出来上がる。
「違うか?」
「いや、少し風変わりだが、字変四十八だ」
間下はメモ帳にペンを走らせる。二つの龍笛を表すような横一列、縦一列の線が交差するように引かれ、龍笛の指孔の数と同じ一から七までの数字を振っていくと、リーグ表のようなものが出来上がった。そして、右から縦にいろは歌を書き込んでいく。
「クイズ番組とか推理番組で、よく出てくるやつ!」
「あとは、この訳の分からん文字の羅列だが、龍笛と関係あるのか」
間下は自らの腕に刻まれた「夕中五五丄五中夕丄五〒ン夕五゛ン丄〒〒」に目を遣る。
「あぁ、それぞれ指孔には名称がある。表で言えば、左から「六 中 夕 丄 五 〒 ン」だ」
志貴の言葉に従って、間下は一から七の数字の上に「六 中 夕 丄 五 〒 ン」と書き加えた。最後に完成した暗号解読表を基に、自らの腕に刻まれた文字を読み解いていく。
「まつのきのかごにわ…? ん? 合ってる?」
「合ってる。意味は分からんがな」
松の木のかご庭だろうか? 間下も由良と同じく疑問に思い、解読表を見直したようだが、読み間違えていない。
「これが場所の名前なら、次の目的地‥なのか?」
そう喋りながら、志貴は気がかりを覚えていた。今回は火傷で出来た芋虫が姿を現さなかった。いつもと違い、妙に謎めいた文字での指示、庵たちと同じ内容、この異界での三日目のお題ということもあり、嫌な予感がしてならない。
「もう、次の試練…」
由良は疲れたよ…といった様子で、腕をじっと見つめた。庵も壱衛門と争った衝撃で竹刀が曲がってしまったようで、由良のカバンから取り出した木の板やガムテープで補修している。
「今日は帰って休め。どうせまた、一日待機させられるんだ。明日も含めれば、二日分の猶予がある」
「そうだな。二人とも車で送るからついてきてくれ」
「しかし」
「エー、もう疲れた! 乗せてもらおうよ」
「時間も体力も有限だ。頼れる時は頼ってほしい」
「…そう、ですね。それでは有難く」
庵の返事を聞くと、間下は運転席に行こうとする志貴を助手席に乗せ、庵たちを後部座席に乗せると車を発進させた。間下とて、二人きりならまだしも、庵たちも乗るとなれば、流石に免許不携帯あるいは無免の可能性が僅かにでもある志貴に運転を任せることはしない。
二人が指定した場所は浦江洲大学だ。予備で持ってきていた竹刀が全て折れたり、へしゃげたりして使い物にならなくなったので、一度家に帰って色々と調達するらしい。家まで送ろうとしたが、他にも寄るところがあるらしく、ひとまず大学で降ろしてほしいとのことだった。
「あの! 同じ試練だから協力しあうってことでいいんですよね。…私たち、父の書庫を調べてみます」
龍笛の持ち主は二人の両親だ。「まつのきのかごにわ」について、何か残しているかもしれない。明日の午前中までには調べられるそうなので、明日の午後十三時に浦江洲大学で情報を共有することが決まった。
「それまでに、俺たちも「まつのきのかごにわ」について調べておく」
志貴は口にしなかったが、壱衛門に関しても調べる必要があるだろうと考えていた。異界の瘴気にあてられ、生存者を襲っているという話だったが、あの立ち回りは決して理性なき狂乱者には見えなかった。龍笛を持っていたことも含め、彼は自分たちが知らない情報を知っていると考えていい。
「送っていただきありがとうございました」
「別に構わん。気を抜き過ぎるなよ」
車で移動している最中も、遠くで怪異が闊歩しているのを何度か目撃した。庵が強いのは分かっているが、あちこちに潜んでいる怪異から不意をつかれれば、ひとたまりもないだろう。だからといって、四六時中、気を張り続けていれば、体力が持たない。
「帰り道、気をつけてくれ」
会釈する二人が大学の中に入るまで見送り、志貴がいざ帰ろうと車の扉を開けると間下が助手席に座っていた。志貴が「どうしたんだ」と声をかける前に「アンタの番だ」と言って、気絶するかのように眠ってしまった。間下も疲れていたが、庵たちの手前、警戒し続けていたのだろう。
志貴は間下を労って快く運転を代わったが、間下の自宅に着くなり、疲労が限界を超えてしまった。靴も揃えず、二人して部屋になだれ込み、必要最低限の事を惰性的にこなしているうちに、いつの間にか眠っていた。




