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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第3話

 火傷が喋った。

 正確には、火傷で出来た芋虫が、あどけない子供のような声を発して蠢いたのだ。あまりの気色悪さから二人は互いの手を振り払おうとしたが、芋虫が喋り終わるまで手が離れることはなかった。幸い、その怪奇現象は一時的なもので、芋虫が手短に要件を述べると元の火傷に戻り、手の自由も効くようになった。二人は互いに距離をとり、自分の手腕にぐっと手を当てた。

「…アンタと出会ってから、気色悪い事ばかりだな」

 そんなことを言われても…と、志貴は未だに鳥肌の立つ自分の左腕をじっと見つめる。間下はそんな志貴の様子を見ながら独り、心の中で考えていた。事件解決のために徹夜覚悟で遺体に焼きついた火傷を調べて回ったことがある。しかし、火傷が生き物のように喋り出すなど、今までなかった。先ほどまで動いていた芋虫も単なる火傷に戻っている以上、あれは睡眠不足による幻覚だったと思いたいぐらいだ。

「『かぎひとつ』って…これか?」

 志貴は胸ポケットにしまい直していた謎の鍵を間下に見せる。

「…アンタ、やっぱり何か知ってるんじゃないのか」

「分からない。今の俺は本当に何も知らないんだ」

「今は信じてやるよ。まずは、その鍵を調べないとな」

 事件の要であろう芋虫に「今宵」と指定された以上、無視をすれば…自らの首を絞めることになるだろう。時間の制限があるからには、件の火傷が付いたと警察に行き、保護という名の拘束をされるような事態は避けたい。あらゆることを天秤にかけた結果、間下は志貴と鍵を調べ始めた。

「…鍵に思い入れは?」

「これぽっちも」

 志貴からの情報は思った通り、なし。

「だが、手をつないでくれたら、何か分かるかもしれない」

「………は?」

 威圧的な「は」という音は、どんなことを言われようと怯まなかった志貴でもちょっと恐怖を覚えた。だが、すぐさま間下の反応で、自分が如何に言葉足らずだったのか気づいた志貴は言葉に詰まりながら、慌てて理由を説明する。

「その、手をつないだら、間下も何か凄いパワーを感じなかったか」

「…」

「俺は感じた。実際に俺たちが手をつないだら、間下に憑いていた怪異は消えていったし、火傷も喋り始めた。だから、今回も手をつなぐことで道が拓けるかもしれない。だから、手を貸してくれないか」

 志貴が片方の手で鍵を握りしめて、左手を間下に差し出す。間下は刹那の逡巡の後に志貴の考えも一理あるとして、覚悟を決めた。

「やめろと言ったらやめろよ」

「…分かった」

「おい」

 大いに不安のある返答に間下が文句を言い始める前に、志貴は間下の右手を握った。案の定、強い刺激が迸るが、経験したということもあり、「この程度ならば」と言い聞かせて間下は耐える。だが、ぐっと志貴の握る手に力が入り、刺激も比例して激しくなった。

「し、志貴…?」

 冷や汗をかきながら話しかけるが、志貴は一向に返事をしない。間下は身と精神の危険を察知して「やめろ」と言いながら、志貴の手を引き剥がそうと体をひねった。しかし、先程より力強く掴まれているせいで力が入らず、志貴の足元に膝を折って耐えることとなった。

「どうなって…間下、どこに…」

 志貴は困惑していた。手をつないだ瞬間、音が消え…暗闇に包まれたからだ。目を開けているのに目の前が真っ暗で間下の声も姿も見えない。分かるのは、左手の間下を掴む感覚だけだった。

 また、自分を失うかもしれない。また、何も思い出せなくなるかもしれない。

 そんな恐怖に襲われ、志貴は命綱に縋るような心持ちで間下の手を強く握りしめていた。

「…っ…?」

 しばらくして、自分が泣いていることに志貴は気づいた。不安ではあるが、泣くほどではない…なのに、何故だ。と感情の伴わない涙を右手で拭い、辺りに気を遣る。すると、周囲から色々な音が曇って聞こえてくる。生気を感じる雑踏、機械越しに響く声…今は何も見えないが、廃ビルでこんな音が聞こえてくるはずがないと志貴は不安から助けを求める声を絞り出す。

「うわぁ」

 体を揺さぶられて、志貴は腰が抜けたかのように倒れ込む。その痛みに瞬きをすると、あの女が覗いていた天窓が目に入った。志貴は尻もちをついた衝撃で痛む腰を撫でながら、上体を起こすと間下が腹に伸しかかるようにして倒れ込んでいた。

「ま、間下? どうした?」

 志貴は何事かと間下の肩をゆすって声をかける。

「ブチ殺すぞ」

 思った以上にドスの利いた声が返ってきて、志貴は再びたじろいだ。そして、なんとなく自分が何かしてしまったのだと察して、土下座する勢いで謝り倒す。

「ほ、本当にすまなかった。目の前が急に真っ暗になって…」

「駅のアナウンスが聞こえたな」

 しどろもどろに話し出す志貴の言葉を間下は切った。その言葉にきょとんとした志貴だが、言われてみれば、あの機械越しの声は駅のアナウンスに聞こえた気がすると頷く。そして、「間下も聞いたのか」と問えば、半ば気絶状態に陥った後、志貴と同じものを見聞していたことを間下は告げた。そのうえで、話は後でしてやるから…と、志貴の手に握られた鍵を指さした。

「その鍵…ロッカーの鍵だろ」

「…駅のコインロッカー!」

「環橋駅にコインロッカーがある」

「行ってみよう」

 怪奇現象に遭い続けた二人、特に間下は細かいことを気にするのをやめた。悩んでいたところで意味がないと思ったからだ。ただ、理解を諦めたわけでもない。導き出した答えが正しくなければ、無意味に寿命を無駄にするからだ。

 芋虫の言葉の解釈を間違っていなければ、条件を達成できなければ、今夜限りの命ということになる。それに、この迷宮入りしかけている事件を紐解くチャンスを自身の安全と引き換えに掴んだのだから、早々に死んでたまるかと間下は志貴を見上げる。

「不服だろうが、アンタと俺は一蓮托生だ。生きたいなら協力しろ」

「不服? 間下で良かったよ。こちらこそ、頼りない男だが…よろしく頼む」

 困り眉の微笑で志貴が返すと、間下は少し目を丸くした後、バツが悪そうに小さく舌打ちをした。

 志貴は何故? と首を傾げつつ、隣にいるのが間下で良かったと安堵していた。記憶がない故か、志貴は地に足つかない心持ちで、この異常な時間を過ごしていた。こんな事態に巻き込まれて、正直、自分の芯をしっかり持っている人間と一緒に行動できるようで安心していたのだ。

「…なら、さっさと行くぞ」

 間下が片手をコートのポケットに突っ込みながら廃ビルを出て行けば、その後を遅れて志貴がついていく。


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