第27話
それは、正鵠を射た瞬間だった。
金戸夫妻は目を見開き、否定ばかりの口を閉ざしたかと思うと、最後には気まずそうに目を逸らした。その一連の流れを認識すると同時に志貴は沈んだ。人形から絶えず溢れる赤い水、その水たまりに押さえつけていた人形の腕ごと、志貴は過去視の海へと沈んでいった。
…嬉しかったの。
児童養護施設によく遊びに来てくれるおじさんとおばさんが私の家族になってくれるから。
ここが私の家?
皆に見送られて着いた先は、とても素敵なプリンセスハウス、本当のお姫様になった気分!
出迎えてくれたのはマリーちゃん。
おじさんとおばさんが大切にしてるお人形さんで、人形の国のプリンセスドールらしい。私と同じくらいの子だから、もし本当に生きていたら仲良し姉妹になれたかも!
でもね、おじさんとおばさん、変なことを言うの。
私の事を「マリー」って。
「今日からあなたはマリーよ」って…。
マリーのように美しい容姿になって、マリーにそばかすなんてないわ。
常に笑顔でいるのよ、マリーのようにお淑やかになって、その貧乏くさい仕草はやめて、歩き方もなってないわ。
マリーのように賢くなって、他の子より勉学が遅れてるわ。
マリーなんだから小学校レベルの知識ぐらいはもう頭に入れてなきゃだめよ。
早く、外で遊ぶ暇はないわ。
早く、外に出て怪我でもしたらどうするの。
早く、早く、早く、完璧なマリーになって。
その為なら、私たち…寝る間も大金も惜しまず、貴女に注ぎ込むわ。
だって、愛しの娘のためだもの。
「母さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
髪を伸ばして白く染めた。
「母さんの言うことを聞きなさい」
お化粧をいっぱいしたよ。
「がっかりさせないでくれ」
テストで九十八点とれたよ
「なんで、あやの言う通りに出来ないんだ」
…………………マリーちゃんになれた?
「…似てない」
似てない、似てない、似てない、似てない、似てない、容姿も、性格も、仕草もマリーに似つかない、猿真似よりも酷い。こんなに時間をかけているのに、こんなに大金をつぎ込んでいるのに、こんなに愛しているのに、どうして分かってくれないの。
そう言うと、目の前の女性…金戸あやはテーブルに置いてあった灰皿を手に取り、私の右側頭部を殴った。
その衝撃で、志貴は我に返る。
自分の身に起こった出来事ではないというのに、志貴は脳にまで響いたであろう衝撃と鋭い痛みに低く唸る。痛みに悶える中で体は床に倒れ、頭からドクドク…と血が流れていくのを他人事のように意識していた。そして、金戸あやの悲鳴が聞こえ…足音が聞こえ、金戸夫妻の呆然とした顔が映り込む。
これは、俺の記憶ではない。
志貴は自身に何度も言い聞かせて意識を保つ。これはコインロッカーの時と同じ現象、過去視によって怪異の過去を追体験しているだけだ。
「いたい、ここ、どこ……」
暗闇の中、右頭部からの痛みに苦しみながら、震える手で壁をガリガリと引っ搔き、波立つ水音が響く。
私はまだ生きてるよ、頭が痛い、閉じ込められた、お腹空いた、もっと頑張るから、ここから出して、マリーになるから出して、おなか、すいた、出して、だして、つらい、せんせい、たすけて、だして、マリーになれないよ、わたしはまだいきてるよ、だして、だして、おなかすいた、だして、そこにいるのに、なんでだしてくれないの、だしてよ、おなかすいた、おなか、すいた…たすけ、て、おなか…すいた……
「っ、ぉなか、すぃ、た」
絞り出すような…か細い断末魔と共に赤い水の飛沫が顔にかかり、志貴は反射的に目を閉じる。
再び目を開けると、被害者の顔をした金戸夫妻と目が合った。
「…アンタら、子供を人形代わりにしたのか」
追撃を辞さないのが間下だった。表情も声音も淡々としたものだったが、その目には激情がこもっていた。命を宿した人形 マリーの真実は曰くつきの人形でも、愛が起こした奇跡でもない…マリーの真似をさせられた養子の女の子だった。
通報された日、本当に事件は起きていた。だが、事件ではなく誤通報として処理されたということは…
「…殺したんだ、この二人が」
「違う! 私たち、何も…」
「灰皿で殴ったじゃないか」
金戸あやに灰皿で殴られ、頭から血を流していた。
「…この部屋やキッチンには灰皿が置いてあったが、通報があったリビングのテーブルには置いていなかった。…血でも付着したか?」
間下は「喋らないなら離してやってもいいんだぞ」と怪異を押さえつける手元を見た後、金戸夫妻を睨みつけた。
「話すなら今の内だ。アンタらが知ってることを全て話せ!」
「……殺すつもりはなかったの」
先に口を開いたのは、金戸あやだった。
「娘の頭を叩いたら、当たり所が悪かったみたいで死んでしまって…それに、夫は…」
金戸あやが目配せをすると、金戸建志は膝をついて懇願するように語り出した。
「桜川さんを殺したのは、私です。通報した桜川さんに養子の件で話したいと呼び出されまして、その時に養子のことを執拗に尋ねてきて、しまいには警察沙汰にすると脅されました。橋で揉みあいになり、私は突き飛ばしただけなのに、彼女がよろけて橋から落ちてしまい…」
二人は涙ぐみながら早口に罪を告白した。
「…」
金戸あやは涙声のまま話を続ける。
「あの時は頭が真っ白になって、夫に頼んで死体を地下のワイン樽の中に隠してもらったんです。だけど、すぐに警察に自首しに行こうと考えていました」
金戸建志は正座をすると「すまなかった。どうか許してほしい」と頭を深々と下げて土下座をした。
「許してちょうだい」
「嘘だ」
俺は知っている。
「彼女がワイン樽に閉じ込められた時、まだ生きていた」
金戸夫妻は嘘をついている。彼女は灰皿で殴られた時、死んでいなかった。一時的に気を失っただけで、ワイン樽の中で目を覚ました。まだ、生きていたんだ。彼女はワインに浸かりながら餓死するまでの間、ずっと樽の中で藻掻き続けていた。夫妻はそんな彼女を死んだものとして扱い、無視を決め込んでいた。
「どうして、知ってるんだ」
何故、そのような惨いことができる。
「ひぃ、なんで…」
何故、そんな顔ができる。
「…」
この子に殺されるのは、当然の報いじゃないか。




