第25話
「どこがですか! マリーをあんな化け物と似てるなんて!」
マリーに似た化け物という言葉に、命を宿した人形の噂が二人の脳裏をよぎる。金戸建志の言葉に誰よりも早く反応した金戸あやは、娘を侮辱されて怒る母親のように声を上げて金戸建志へと詰め寄った。
「そうは言っても…あの時、暗かったとはいえ…あの化け物はマリーと同じ白い髪にドレスを着ていた。確かに…その顔は、歯を剥き出しにした笑顔で、君に噛みつこうとしたわけだが…」
「あの気味の悪い笑顔をマリーがするわけないでしょう! あれはマリーに化けた『何か』なのよ」
「人形はどこで購入されたものなんでしょうか」
「じ、実は、その…恥ずかしいのですが、結婚記念日の時に私が妻にプレゼントしたものなんです。大金をかけて作ったもので…」
「ビックリしましたよ。子供の頃に欲しかった人形を貰って、年甲斐もなく主人に抱きついてしまいました」
二人揃って頬を赤く染めて、勢いのまま馴れ初めの話を始めそうな雰囲気に志貴と間下は顔を合わせる。金戸建志の言葉通りならば、愛娘のように可愛がっていた人形が動き出し、自分たちに危害を加えようとしてきたということになる。それならば、怪異が二人の可愛がっている人形に化けて付け入ろうとしていると考えるのも分かる気がした。
命を宿した人形の噂はあったが、人間に害を与えたという話は今までなかった。もしかすると、異界に来たことでおかしくなってしまう人が居るように、友好的な怪異すらも危険な存在に変質した可能性がある。兎にも角にも、人形の怪異が、この家に住み着いているのは間違いない。
「顔はよく見えなかったけど…歯を剥き出しにした笑顔で、私に噛みつこうとしたのよ。あんな醜い笑顔、初めて見た…」
興奮する金戸あやを宥めつつ、怪異の容姿や出現した場所などをひとしきり聞き終えたタイミングで、金戸あやはハッとした顔をして立ち上がる。
「あ、私ったら、申し訳ございません。お茶をお出していませんでしたね」
「お気遣いなく」
「こちらの個室に簡易的ですが、ティーセットがあるので」
ルーチンをすることで不安を紛らわせたいのか…間下の制止を無視して、金戸あやは客間の隣室に行ってしまった。さすがに、一人で行かせるのは不安だったのか「妻の様子を見てきます」と言って、金戸建志も後を追っていってしまった。
「…はぁ」
間下は二人が離れたことを確認すると一息つくように、ため息交じりの吐息を漏らす。
「間下」
「?」
「敬語、喋れたんだっ、痛っ!」
間下に手の甲の皮膚をつねられ、志貴は痛みに悶える。
「わ、悪かった。普段の間下と違いすぎて」
「それだけじゃない。なんで、急にテーブルの話を始めた」
「え…? あ、このテーブル、ネロマルキーナを使ってるな…と思ったら、口に出ていたんだ」
「アンタ、何でそんなことは覚えてる…。いいか、その思ったことを直ぐに喋る癖、直せ」
「はははっ…」
お互いにツッコミをいれたところで、自然と話題は金戸家と人形の怪異に戻る。
「あの二人、このままにしておけないな。玉得さんに保護してもらうか?」
志貴は頭をひねって考える。自分たちでさえ、この状況に手一杯だというのに、あの温厚そうな老齢の金戸夫妻だ。怪異と対峙すれば、腰を抜かして逃げることすら出来ないかもしれない。
「…あの二人、におうな」
「におう?」
「怯えだけじゃない。あれは何かを隠してる」
「隠すって?」
「どうなされたんですか」
志貴が首を傾げたが、間下は問いに答えなかった。ティーセットの載ったお盆を持った金戸あやと、その後ろに茶菓子を持った金戸建志が帰ってきたからだ。
「今後の方針について話していました」
間下は志貴の足を踏んで牽制しながら、穏やかな笑みを向けて嘘を吐いた。間下の言葉に頷きながら金戸建志が灰皿を退けると、テーブルにポッドの口から湯気が溢れ出すティーセットが置かれた。
「化け物退治のかね?」
「えぇ、ひとまず……この家を隅々まで捜査してもよろしいでしょうか」
警察官とはいえ、いや、警察官だからか、他人にプライベート空間を見られるのは気になるようで、金戸夫妻は緊張感を含んだ嫌そうな表情をしている。
「申し訳ございません。これも、お二人の安全を確保するためなんです。ご協力お願いいたします」
間下は丁重に言葉を紡ぎ、「構いませんか…?」と金戸建志に問いかけた。その質問に金戸夫妻は互いに顔を見合わせたり、俯いたり…を繰り返し、声を潜めて喋り始める。その間、間下は一度も金戸夫妻から視線を離さなかった。
「そのぉ、化け物退治はしてほしいが…傍で私たちを守ってくれないか」
「では、一緒に部屋を見て回りませんか。人数が多いほど目立ってしまいますが、二手に分かれるのも危険でしょう」
「広いリビングで待ち伏せをした方がいいと思うわ。この年で歩き回るのは…。それに、どうして化け物を倒すのに家を調べる必要があるの?」
「化け物が…この家に執着している理由を調べることで、突破口が見えてくるかもしれません。どうか捜査のご協力をお願いいたします」
「確証もないんだろう? 妻の言う通り、化け物が来たら倒すじゃダメなのか」
「…アンタら、何を隠してる」
穏やかに対応していた間下から笑みが消え、代わりに睨みを利かせた間下が金戸夫妻に詰め寄り、冷たく指摘する。
「隠してるって、いったい何を?」
「俺が警察だと名乗ってから、アンタたち随分と挙動不審じゃないか」
「こんな状況だ。挙動不審にもなるだろう」
「それじゃあ、一つ質問するが、直近のアルバムはどこにある」
アルバム。マリーの部屋にあったものか。最新のものは二〇一二年七月…約二か月前の梅雨時期の写真で終わっていた。
「今はありません」
「何故だ」
「ある程度、写真が溜まってからアルバムにまとめているんです。…待ってください! いくら警察だとしても不法侵入どころか、勝手にヒトの家のアルバムを見たんですか」
「お、落ち着いてください。間下も」
畳みかけるような間下の様子に志貴は待ったをかける。抑えるように間下の前に腕を出した勢いで金戸あやと向かい合った。
「最近は忙しくて、作ってなかったの」
「そうですよね。それじゃあ……あ、カメラに残っているデータを見させていただいてもよろしいですか。それなら、間下も納得すると思うので…」
「え…っと」
「…あぁ。アルバムが無いなら、データでも構わん」
「個人情報ですし…」
「申し訳ない。実はカメラが壊れていて、ここ最近のデータが破損しているんですよ」
「なら、何故、最初からそう言わなかった」
「こ、混乱してまして」
「混乱? 地下についてもか?」
今度こそ、誰でも分かるほど、金戸夫妻はぎくりと体を揺らした。
「アンタら…聞かれなかったら、地下の存在を隠そうとしていたな」
「それは、先程も言いましたが、ワイン樽を置いているだけの部屋というか…窓のない物置ですから。こんな状況ですし…特に説明は必要ないと思っただけで」
「こんな状況だからこそ、包み隠さずに言え。アンタら、何を…」
「私はマリー、人形の国のプリンセスドールよ」




