第18話
「…金戸」
二人が見上げた先には一軒家が建っている。表札には「金戸」の文字、間下の言っていた誤通報の現場となった家かもしれない。そうなると、命を宿した人形が亡くなった場所の可能性もある。だが、怪異の居そうな廃墟ではなく、高級住宅街の中の一軒であり、手入れの行き届いた庭や光沢のある外国車、なにより家の中で明かりを放つ照明は人が今も住んでいることを示していた。
「覚えはあるか?」
「分からない…」
間下に問われた志貴が見覚えがないと首を横に振れば、間下は辺りを警戒しながらインターホンを鳴らした。その呼び鈴に志貴は驚きつつも、一軒家の様子に異変がないかじっと見つめる。
「反応は…ないな」
呼び鈴に応える声はない。だが、このような状況かつ移動に費やしてしまった時間を考えれば、何の成果もなく帰宅するという判断は、あまりしたくない。
間下は一、二回と呼び鈴を鳴らして呼びかけた後、庭を通り抜けてドアをノックする。続けて、ドアノブを回したところ、何の抵抗もなく扉が開いてしまった。
「開いた…」
「あぁ」
中も立派なもんだと間下は目を遣る。玄関の時点で靴箱用の空間を除いて八人ぐらいは余裕を持って立てそうなゆとりのある縦長な空間、大理石が敷き詰められた床は鏡面のようになっていて、反射して写る自身と目が合った。毎日、研磨でもしているのか…と疑問に思うほど手入れがされているのが素人目でも分かる。天井も普通の住宅より高く、見上げれば洒落たシャンデリアが光を放っていた。庶民派である間下には奥の突き当たりの壁に立てかけられた絵も高名な画家が描いた高値の絵だろうということぐらいしか予測できない。
志貴は玄関から家の様子を観察している間下に「開いたけど、どうするんだ…?」という疑問を投げかけようとしたが、背後からの強い衝撃にキャンセルされる。
何が起こったのか分からないまま、前にいた間下諸共、家の玄関になだれ込む。
「いきなり、なんだ!」
「す、すまない。誰かに押されて」
間下に怪訝な顔を向けられた志貴は説明しようと振り返るが、視界に映るのは閉まった扉のみ、人影一つない。
「誰もいないようだが? それとも、何もない所で転んだのを誤魔化そうとしたのか」
怪異の存在や志貴が悪ガキじみたことをしでかすとも思えなかったゆえに、間下は皮肉交じりの詰問で済ませていた。
「何かが、ぶつかってきたんだ…」
あの衝撃は両手で押されたというより、タックルに近かった。扉を開けて犯人を確認しようとして志貴は瞬きする。
扉がびくともしないのだ。鍵が閉まっているような音もせず、ドアノブを掴んでなければ壁を押していると錯覚するほどだ。内鍵を確認して、再度ドアノブを押したり、引いたりしてみるが、開く気配がない。
「閉じ込められた、か」
黙って志貴の行動を見守っていた間下の言葉に志貴はそうみたいだ…と返す。ハズレではなかった、一歩進んだという気持ちと怪異の住処らしき場所に閉じ込められてしまったという焦りを感じながら、じっとしていても寿命が縮むだけだと金戸家に上がり込む。
家の中も外観に相応しいもので、蜘蛛の巣や埃溜まりはなく、消えかけの照明もなければ通りかかった二人に反応して自動照明が正常に稼働する。この家から怪異が現れる様を想像するが、どうにも不釣り合いだった。
「ここが現場か」
「あ、おい、間下」
リビングに着くと、間下は窓から外を眺めながらずんずんと進んでいき、テーブルの下に敷かれたペルシャ絨毯を捲り上げる。絨毯の下には、赤黒く変色した床が姿を隠していた。
「通報の現場だろうな」
通報者が「少女が血を流して倒れている」と勘違いした場所だ。よく見れば、物一つ置かれていないテーブルにも赤色の跡が残っており、絨毯も取り換えたのだろう。床の日焼けした部分と絨毯の大きさが合っていない。
「これは、赤ワインか」
「…多分な」
時間が経っているだろうに血のように変色していない赤紫色のシミだ。おそらく、テーブルに置いてあった赤ワインあたりを盛大に零してしまったことが伝わってくる。
「‥うぁっ!」
身を乗り出し過ぎた志貴は捲り上げていた絨毯に足を引っかけ、危ないと思った時には間下めがけて膝蹴りするようにコケていた。




