第17話
「さっきから、難しい顔をしてどうした?」
「……アンタが火傷について何か知ってたんじゃないか、って考えてたんだよ」
確証がないため、少しばかり話を逸らして間下は応える。
「…それは、そうだな。俺も、そう思う」
自身が怪しいのは百も承知だと志貴は頷くしかない。行く先々で自分の痕跡と思われるものが残されているのだから。それに、残された多くは怪異絡み、間下の言っていた「霊能者モドキ」というのも、あながち間違いではないのかもしれない。しかし、志貴はそれらを見ても何一つ思い出せない。ここまで思うことがないと、いよいよ記憶が戻らないのではないかと思い始めてすらいた。
「やはりか」
志貴について考えつつ、車に残された資料の内容に覚えがあった間下は自身の手帳を遡って記憶を掘り返し、目的の記述を見つけて手を止めた。
「どうしたんだ」
「桜川桃菜は死ぬ数日前に警察へ通報している。人が死んでるとな」
投身自殺する四日前、白い髪の女の子が血を流して倒れているところを見たと警察に通報していた。
「被害者と犯人は?」
「その通報、結果から言えば、桜川桃菜の勘違いで終わっている」
通報を受けた警察官が、少女が倒れていた場所である金戸家を訪問、通報通り、リビングの窓近くには倒れ伏した人の姿があった。
だが、それは…
「等身大の人形だったそうだ」
本物の人間そっくりな少女人形であり、たまたまリビングの床に寝かせてあった。それを遠くから見た桜川桃菜が勘違いし、人が死んでいると通報した。というオチだ。
「だが、その通報者である桜川桃菜は四日後に自殺した」
「もしかして、命を宿した人形と関係があるのか…?」
「持ち主の周りで不幸が起こる…呪いの人形とかな」
間下にとって担当外の出来事だったが、同僚から聞いた時、心に引っ掛かりを覚えてメモをしていた。もっとも人形の怪異を追うことになると分かっていれば、もっと詳しく聞き出していたなと現状を顧みた間下は心の中で呟く。
「庵たちは大丈夫だろうか…?」
肩の力が抜けてきた志貴は、連続心中不審死事件を考えているうちに庵たちのことを思い返していた。火傷が刻まれている彼らも自分たちと同じく、条件達成のためにどこかで奮闘しているだろう。異界に連れ去られ、怪異と対峙し、生き延びる…そこまでは似ていたが、巨大な女の姿を見ていないという若干の違いがあるのも気になる。
「アンタは庵秀一について、どう思った」
「庵? あー、強かったな。あと、礼儀正しかった」
「…」
求められていた答えとは違ったようだ。
「えっと、間下も警察なら剣道とかやっていたんだろう。間下も同じことが出来るんじゃないか?」
「あれは、習うようなもんじゃない」
「え?」
「あの動きは相手を仕留めることに特化している」
「スポーツの動きじゃなく、実践用…ということか」
志貴は庵と怪異が対峙していた時のことを思い返す。言われれば、テレビの中継やドラマで見るような剣道の動きとは違っていた。
「あくまで、俺の感想だがな。それに、俺は剣道より柔道を学ぶ機会の方が多かった。力の方向と身体の構造を理解していれば、こっちが不利な状況でも相手を取り押さえられるからな」
「そうだな、間下は俺よりも小‥」
「それ以上、言ったら、鉛玉で頭をぶち抜くぞ」
自分よりも数センチは小さい間下が、体格差をものともせず、軽々と自分の事を投げ飛ばしたことを思い出しながら喋っている途中で志貴は気づいた、これは失言じゃないかと…。しかし、気づいた時には、間下に喧嘩なら買ってやるぞと揶揄い半分で睨まれていた。これ以上、失言をしないように、わざとらしく咳き込んで志貴は話題を転換する。
「そんな間下に聞きたいんだが、俺にもできそうな護身術はないか?」
庵や間下は竹刀や銃など怪異への対抗策を持っているというのに、自分は丸腰だと気づいた志貴は戦うことは出来なくても、せめて自分の身ぐらいは自分で守りたい。それゆえの提案だった。
「慣れないことをして、自滅するかもしれんぞ」
「だ、大丈夫だ、多分」
「怪異に効くかは分からんが…」
襲撃してきた壱衛門などの異常者には効果があるかもしれない。そのぐらいの心持ちで間下は志貴が出来るであろう範囲の助言を車のナビの合間、会話の種になれば程度の気持ちで語った。
やがて、目的地である地図の赤丸が示す場所へと辿り着いた。




