第16話
「まともに掃除をしてないようだが、車検は最近通してるな」
ハイエースの外装は花粉や黄砂で汚れ、タイヤ周りには泥が跳ねた跡がまだらに残っている。売れ残りの中古車より酷い出で立ちだが、真新しい車検証が、まだ現役であることを告げている。
「……人形はいるか?」
「見た感じ、異常はない。霊能者殿はどうなんだ」
そう問われた志貴は背後を振り返るが、誰もいない。
「…俺のことか?」
「あぁ、霊感が高いうえに、妙な力を持ってるだろ」
「本物の霊能者に失礼じゃないか…?」
「じゃあ、霊能者モドキとしては、どうなんだ?」
「怪異はいないと思う。それに‥」
志貴が感じたものは恐怖に近い感情ではなく、懐古や安心感だ。
「この車、多分アンタのだろ」
「え、あ、そう、かもな…」
この車の鍵はコインロッカーに仕舞われていて、そのコインロッカーの鍵を持っていたのは、他でもない自分自身だ。逆算すれば、これは自分の車ということになる。
「免許は?」
「覚えてないが、これは俺の車のようだし…多分、持ってる」
「なら、運転を任せていいか?」
意地悪く微笑む間下に言われ、志貴は運転席、間下は助手席に乗り込んだ。幸い、先住民はいない。
「これを見ろ」
遠慮なしに助手席の引き出しを開けて、がさこそと中を漁っていた間下はいくつかの物品に目を通した後、新品の黒い手帳を志貴に手渡した。
「アンタ向きだ」
そう言って渡された手帳を捲って、志貴は内容に目を通す。人形が歩いていた、人形が喋っていた、人形が人間になった…書かれていた内容は、どれも「動く人形」の目撃談や噂ばかりだった。
「命の宿った人形…」
なんでも、ある夫婦が愛娘のように人形を可愛がっていたら、とうとう人形に命が宿って人間になったというものらしい。
…付喪神、御伽噺、ホラー作品、アニミズム、インドの修行者の自叙伝でも触れられていたように…古今東西、物に命が宿る考えは存在している。元から曰くつきの人形だったのか、愛による奇跡が起こったのか、どちらにしても怪異がいると分かった以上、人形に命が宿っていてもおかしくないだろう。しかし、その人形だが、どうやら「死んでしまった」らしい。二か月近くに渡って人形が独りでに動くところを目撃した情報が続いていたが、今月に入ってから動く人形の目撃情報がぴたりと止まったため、動く人形は再び、ただの人形に戻ってしまった。
それゆえ、命を得た人形が死んでしまったと噂されるようになったようだ。
間下は読み終えた新聞の切れ端を志貴の手元に置いた。置かれた刺激で自然と志貴の目は新聞記事に向く。表題には「子ども想いの先生に何が…。門野橋で女性の遺体、投身自殺か」と書かれており、児童福祉施設「松の子学園」職員、桜川桃菜さんが一週間前に門野橋から身を投げて自殺したという旨の内容が載っていた。
「これは?」
「地図に挟まっていた」
間下はそう言って地図を志貴に寄せる。地図には赤い丸が書かれており、間下はそれを指さしていた。
「このページだけ、書き足された箇所があった。この車にあった以上、行ってみる価値はあるぞ」
間下の言葉に「そうだな」と志貴は頷き、車の鍵を差し込むと小さく唾を呑む。感覚的にできると言ったものの、運転できるか不安だったからだ。しかし、杞憂だったようでハンドルは手に馴染み、スムーズに運転を始められた。志貴は地図を見る間下のナビに従って、しばらく運転していると間下が口を開いた。
「無免じゃないようだな」
「本当か」
「慣れてる人間の運転だ」
正直、人がほとんど居ない異界とはいえ免許不携帯で運転させるのはマズかったか…と身構えていた間下だったが、今では安心安全の運転に拍子抜けし、背もたれに寄りかかっていた。
記憶が無いというクセに、運転に迷いはなく、ブレーキのタイミングや強さ、走り出しのアクセルの踏み込み具合にも問題はない。こちらのシートベルトの着用を無意識に確認しているところを見ても、人を乗せて運転することに慣れている。そういった職業ゆえか、あるいは同居人を乗せている可能性も考えられる。




