第14話
「俺は警察官の間下というものだ」
「警察の人!?」
由良は口元に手を当てたかと思うと、間下にキラキラとした眼差しを向け、庵も一歩前に踏み出して「連続心中不審死事件に巻き込まれていて、妹だけでも保護してもらえないだろうか」と頭を下げた。
間下はやはり…と歯噛みしながら、壊れかけの竹刀や泥だらけの靴は自分たちと同じく、いや、それ以上に死線を潜った結果であろうと心の内で察する。
「君たちも、か」
「…え?」
「保護してやりたいのは山々だが、こっちも同じく事件に巻き込まれた身だ」
情報を開示するように志貴と間下は腕に刻まれた火傷の跡を二人に見せる。みるみる二人の顔が曇っていく様子を忍びなく思っていると、ヒュン…と熱い何かが風を切った。
音を辿って、燃える矢が柱に刺さっていることに気づけば、矢を放ったであろう主がいる反対側…駐車場南口に皆の視線が動いた。
「あっぶな~!」
「黙ってろ!」
これまた、男女のペアが立っていた。遠目から見ても分かる背の高い瘦せ身の男が弓を携えており、その近くで女子中学生が声を上げていた。
「化け物、じゃない…?」
庵は相手を見定めて竹刀を構えると、妹を庇うように瘦せ身の男に体を向けた。志貴と由良を駐車場の柱の裏に避難させた間下は、「飛び道具相手に竹刀で応対しようとするな」という叫びを胸にコートの下に隠されたホルスターの中身へと再び手が伸びていた。
「おやめください、皆様!」
一触即発の事態に待ったをかけるように女性の声が響いた。駐車場北口方面から巫女服を着た女性が場を仕切るように声を上げたのだ。瘦せ身の男は潮時だと言うように弓を下げると、女子中学生を連れて逃げ去った。
この異界にいる以上、あの二人組も何かしら知っているはずだと間下は後を追おうとするが、目の前の女性からも有益な情報を得られそうだと判断し、襲撃者の追跡を諦めた。
「皆様、ご無事ですか」
巫女服の女性は胸に手を当てながら四人に駆け寄る。
「おかげさまで!」
脅威が去ったと由良がお礼を言えば、巫女服の女性は「よかった」と微笑んだ。
「あなたは」
「私はすだま神社の巫女をしています、玉得綾子と言います。この異界の調査をしていまして、現世だと…連続心中不審死事件を追っていると言った方が分かりやすいでしょうか」
理知的な顔立ちと豊満なボディを隠すように着た巫女装束が特徴的な女性は自らを玉得綾子と名乗り、ウェーブのかかった艶やかな黒髪を耳にかけると事情を語り始めた。
人間がおらず、怪物・幽霊などの怪異が闊歩する異常空間を「異界」もしくは怪異の領域と呼んでいること、そして世間で騒がれる連続心中不審死事件は怪異の仕業によるものだと玉得は語った。
「先ほどの方は、花染 壱衛門。異界の瘴気にあてられ、犯罪行為に手を染めています」
先程の弓を携えた男「花染 壱衛門」と女子中学生は時と場所問わず、異界に迷い込んだ人間を襲っているので注意が必要だと玉得は付け加えた。
「警察には…?」
「一度、相談したところ奇異の目で見られましたので、それ以来…」
志貴の質問に、こればっかりは仕方がありませんね…と玉得はため息交じりの微笑みで答えた。それを聞いていた間下自身も、このような事態に巻き込まれず、警察の身で聞いていたならば、玉得の言うことを信じられなかっただろうと考えていた。同時に、間下の中で連続心中不審死事件の謎が少しずつ整理されつつあった。
被害者たちの足取りを一切追えなかったのは、そもそも異界という別世界に居たからだ。あの人知を超えた変死体の数々は怪異によるもの…間下は真実に近づいたと拳を握る。
「玉得さん、火傷を治すことは出来ないか」
庵が右掌に刻まれた火傷を見せた途端、玉得は眉間にしわを寄せて口を開いた。
「申し訳ございません。その火傷…一際、強い呪いで、私では到底太刀打ちできません」
玉得は申し訳なさそうに俯き、胸に手を当てた。
「えっと、ちょっといいか? 火傷が喋りかけてくることはなかったか?」
「? えーっと、あ、あれですか? 兄と手をつなぐと、芋虫が「ここ、次、ここ」って」
由良渾身のモノマネで披露された言葉に志貴と間下は、火傷が刻まれた者同士が手をつなぐことで次に行くべき場所を指示しているのだと確証を得た。
「それじゃあ、誰かの記憶をみることはあるか。例えば、自分ではない他人の記憶を見ることは?」
「それはないかな、あ、ないです」
志貴の問いに応えようと見切り発車で喋り出した由良、黙って聞いていた庵も覚えがないと首を横に振る。代わりに、「それは…過去視ではありませんか?」と静観していた玉得が志貴を見た。
「過去視?」
「過去視…霊感の強い方は怪異にまつわるものに触れることで、怪異の強い念、その記憶を垣間見ることができると聞いたことがあります」
「…あの! ここから、出られないんですか」
首を傾げながら聞いていた由良は不安そうな顔で玉得を見上げた。
「…そうですね。ここから出られたとしても、三日後に死を迎える可能性が高いと思います」
玉得の言葉に由良だけでなく、庵も「そうか…」と眉根をひそめて呟いた。
「で、でも、お兄ちゃんと一緒なら大丈夫! お兄ちゃんなら怪物全員、やっつけられるよね…?」
「ん、んむ…そうだな」
「…やっつけられる?」
「はい。ズドーンって!」
玉得はぽかんとした顔で由良の顔を見る。
「それは…つまり、怪異を物理的に退治してしまわれたのですか」
「はい! もしかして、まずかったですか……?」
志貴や間下は先程の事を思い出しつつ、玉得と同じように庵を見る。庵は泰然自若を体現するかのように、それらの視線を気にとめず、由良の様子を穏やかに見守っていた。




