第13話
「ここにいたか」
逃げようとした方向、屋内から竹刀を構えた青年が現れた。
二人が行動を起こすより早く、青年は怪異に駆けて行き、その竹刀を振るった。怪異はバットで跳ね返すと同時に、包丁を青年の額に向けて突き出した。青年はひらりと躱して、今度は横に一閃するように竹刀を振るえば、防ぎきれなかった怪異の胴に直撃して、メキッと嫌な音が鳴る。怪異の動きが鈍くなり、青年の竹刀も大きく変形した。しかし、互いに見合って退く様子はない。
「間下、あの子、人間だよな…?」
あの異形と互角に戦っているが、息遣いや外見、動きを見ても生きた人間だ。目の前の出来事が信じられず、思わず志貴は問いかけていた。
「…」
「間下?」
「あの化け物、人形だ」
その言葉に志貴は目を凝らして、怪異の姿を見つめる。間下に言われた箇所を見れば、手首や肘などの関節部分が球体関節になっていた。あれが人形ならば、表情が変わらないことも頷ける。
「俺たちの獲物かどうかは分からんが、あの怪異を止めるぞ」
「そうだな」
助けてくれた青年を置いて逃げるようなこともできない。できないが、どうすればいいと志貴は辺りに目を遣る。
「アンタはここで待ってろ」
間下は銃口を怪異に向けたまま言い放つ。青年と怪異のぶつかり合いは続いており、当たれば死ぬであろう怪異の一撃を躱したり、応刀して逸らしたりしながら青年は一撃また一撃と怪異を攻撃していた。青年の攻め手は多いが、怪異の頑丈さを前に竹刀が折れ曲がり始めている。
「っ!」
怪異は勝負を決めると言わんばかりに、飛び上がったかと思うと青年にバットと刀を大きく振りかぶった。それを青年は竹刀で受け止める。怪異が扱う血錆だらけの刀は竹刀を両断することはなかったが、竹刀をへし折ろうとしていた。青年は押しのけようと鍔競り合いになる。だが、怪異の腕は青年の二倍、受け止めて動きが鈍った青年の隙を逃さず、包丁を持つ手が別方向から青年に向かって突きを繰り出す。しかし、青年に凶器の魔の手は届くことなく、発砲の残響と怪異の手からこぼれた刃物が、カラン、カラン…と床の上を跳ねて転がっていく音が混在していた。
青年と同じく、動きが遅くなった怪異を目で追えた間下は、青年を助けることを第一に狙いを定めて怪異の手を撃ち抜いたのだ。人ならざるものとはいえ堪えたのか、怪異の力が僅かに弱まり、青年は鍔競り合いに勝利する。怪異の凶器を押しのけ、大きく仰け反った怪異めがけて飛び上がると、青年は怪異の頭を竹刀で貫いたのだ。怪異は電源が切れたかのように動かなくなり、その手からいくつもの凶器が音を立てて落ちていった。
その様子に安息の空気が流れる中、ただ一人…志貴だけが焦燥感を感じていた。
これで、終わりじゃない…。
胸の内の何かが、そう訴え続ける。
なにが…
「腹だ!」
志貴の叫びに青年が反応したとほぼ同時に、怪異の腹が開いて矢が発射された。青年の脳天を狙った一撃は寸前のところで避けられ、今度こそ怪異は人間でいうところの死を迎えた。
「…助太刀感謝する」
怪異が動かなくなったことを確認して竹刀を引き抜こうとした青年だったが、諦めたらしく二人に向き直ると礼を口にした。
「いやいや、君が怪異を止めてくれなかったら、どうなっていたか」
「とはいえ、二人の助けがなければ、俺は死んでいたかもしれません」
「感謝なら、間下に」
拳銃を撃ったのは間下で自分は何もしていない、それに真っ直ぐ見られると照れ臭いような、気まずいような気持ちになって志貴は助けを求めるように間下をちらりと見た。その少しばかり挙動不審な志貴に青年は首を傾げる。
「あなたにも感謝している。あの矢、当たっていれば、ただでは済まなかった」
「そうだな、よく見えたもんだ」
「たまたまだよ。二人と違って、俺は見てるだけだったから、怪異の動きがおかしいと気づけただけだ」
あの追い詰められるような鼓動の高鳴りは、いつの間にか止んでいた。先程の焦燥感は野生の感、第六感というものだろうかと志貴は頭の隅で考える。
「あ、人が居る!」
目の前の青年や自分達とは違う弾むように明るい女の子の声が駐車場内に響いた。身構えながら、二人がそちらを見ると可愛らしい女の子が少し折れ曲がった竹刀を両手で抱えながら目をキラキラさせて、こちらに走ってきていた。
「止まれ、由良」
青年は声をかけながら女の子に駆け寄っていく。
「お兄ちゃん。心配しなくても」
「隠れていろと言っただろう。それに、車が飛び出して来たらどうする」
「大丈夫だよ! 私たち以外、人は居ないんだし!」
「そうではない。怪異が車で…」
女の子より幾らか年上の青年は「やれやれ…」と言いたげに、妹と思われる女の子と二人で話し始めてしまった。
「も~、いいよ。あのー! 事件に巻き込まれている人ですか!」
話しかけながら近寄ってくる二人に志貴と間下は互いに顔を見合わせたのち、彼らに歩み寄って対峙した。
「アンタらは何者だ」
「俺は庵秀一と申します。こちらは妹の由良です」
庵秀一と名乗った青年は、この大学の在学生らしい。くせっ毛を無理にまとめて一本に縛った髪と凪ぐ海のような目が特徴的な青年だ。顔立ちも整っていると志貴が眺める横で間下の目は庵の手元に向く。日々、鍛えていることが分かる筋肉質で武骨な手、そして、倒れ伏した怪異の頭に突き刺さる竹刀を見る。もう引き抜くことが出来ないほど折れ曲がった竹刀は、その耐久性を考えずに放った暴力の証だ。
間下は目を細めて、妹と紹介された由良という女の子に目を向ける。制服姿と見た目、身長からして高校生であろう。身綺麗にしているが、不自然にも白いハイカットスニーカーだけ水分を多く含んだ泥で汚れていた。
「ほら、お兄ちゃん!」
由良は少し折れ曲がった竹刀を庵に渡す。
「丸腰じゃ困るでしょ? 持ってきてあげたよ」
「そうだな、ありがとう」
「もっと、褒めてもいいんだよ~!」
そんな会話を見ていた志貴が「元気だなぁ」と呑気に話しかけてきたことはおいて、間下は胸ポケットから警察手帳を取り出す。
活動報告、更新予定です!




