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袖振りて 縁結ばれし 宵の月  作者: 水城


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第12話

 翌日、二人とも快眠…とはいかず、若干の寝不足状態だったが、眠ることは出来た。

「ふっ…」

 いつもより目つきの悪い間下と目が合った瞬間、鼻で笑われて志貴は首を傾げる。

「こほっ、ずいぶんと顔色が良い」

「あ、あぁ、そうか」

 浅い眠りの繰り返しだったが、悪夢を見ることはなかった。それが、昨日と比べて顔色が良くなった理由だろう。

「多分、変な夢を見なかったからだ」

「それはなにより…」

 おにぎりを食べ、味噌汁を飲む二人。普通なら朝日を拝むところだが、朝食が並ぶ食卓の窓から見えるのは、綺麗な夕暮れだ。

「さて、「夕方」まで待ったんだ。有益な情報をよこせよ」

 二人は手を合わせ、自らの皮膚を這う異形の芋虫を見つめる。


【あけぬまに はらえはらえや ひとがたを】


 そう言って、芋虫は火傷へと姿を戻した。予想はしていたが、待った時間に対して少なすぎる情報量に二人して顔を見合わせる。

「ひとがた…今度は呪いの人形か? 次は車の鍵だな」

 間下は車の鍵を志貴に投げ渡し、何か好転することを願って手を握り合う。

「ぅっ」

「ぁ、く…」

 慣れてきたのか、志貴の視界は瞬く間に揺らめいて、ある光景が目に飛び込んでくる。

「ここは…」

 駐車場に志貴は立っていた。どこかの施設のようで、車の他に大量の自転車が停められている。志貴は間下への負担を考えて、足早に駐車場内を駆け抜けた。

「浦江洲大学…」

 そう刻まれた銘鈑が校門の柱に埋め込まれていた。どうやら、次に行くべき場所は私立浦江洲大学のようだ。分かり次第、間下の手を離すと、次には間下の自宅に戻っていた。

「浦江洲大学か。区内の大学だが、ここからなら車で…二十五分ぐらいだな」

「大学に人形がいるのか…?」

「さぁな。だが、見えた以上、何かしら関係あるだろ」

 またしても、タイムリミットを設定された以上、時間を惜しむ二人は話しながら玄関の方へ向かっていく。その過程で間下は、ずぃ…と大きな鞄を志貴に押し付けた。志貴が「なんだ?」と思いつつ、それを受け取ってしまえば、持ち物係は頼んだぞと言って、一人身軽に間下は玄関を出て行ってしまった。役職:持ち物係を任命された志貴は、してやられたな…と苦笑しながらも間下の後を追う。

「どうした」

「え…あれ?」

 運転席の扉を開けようとした間下は自身を覆い隠す影の存在に気づいて振り返る。すると、きょとんとした顔の志貴と目が合った。間下の問いかけに志貴は少し戸惑った後、首を傾げながら車体を回って助手席に乗り込む。

「運転するつもりだったのか?」

 運転席の間下はシートベルトを弄りながら隣の志貴に問いかける。

「分からない。ただ、ぼーっとして‥間下の後ろをついて回っていただけかもしれない」

「アンタはひよこか。寝ぼけてるなら、浦江洲大学までランニングするか」

 間下に意地悪く見上げられた志貴は首をブンブンと横に振る。

「か、勘弁してくれ」

「冗談に決まってるだろ」

 そんな会話をしながら、間下の運転で浦江洲大学に向かう。その途中、二人はコンビニに寄った。昼食や飲料水などを買うためだ。

「おい、なんだこれは」

 間下はカゴの中に放り込まれた一つを掴み上げる。「ちょこっとチョコレート(ミルク)」いわゆる一口サイズのチョコレートを個包装した菓子の袋だ。入れた覚えのない間下は追加でお菓子の袋を持ってきた志貴に問う。

「頭を使うんだから、糖分が必要だろう」

「だとしても、いくつ買うつもりだ」

「美味しそうだったから、つい」

「ガキかよ…」

 調子に乗り過ぎてしまったと志貴はしょんぼりといった様子でお菓子を棚に戻す。当たり前だ、金を払うのは一文無しの自分ではなく、間下なのだから。そんな志貴の様子に間下は一つだけだと、一口サイズのチョコレートをカゴの中に戻せば、志貴の顔がパアっと明るくなる。そして、やはりというべきか、町中無人なので店員もいなかった。ただ、貰っていく…つまり、盗んでいくというのは、やはり忍びなく、間下はレジにお金を置いた。そんなこんなで夕暮れの不気味な街を進んでいき、目的地の浦江洲大学に二人は到着した。

 何台もの車が並ぶ大学内の駐車場の一角に間下は車を停めた。

「広いな…」

 志貴に明確な記憶はないが、行ったことがあるのか、大学という施設は高校と比べると授業内容や敷地面積も含めてかなりスケールアップした印象があった。普通に見て回るだけでも半日以上はかかりそうだというのに、加えて怪異が関係する人形を探し出して祓わなければならない。

「人形…裁縫関係の学部か、デッサン人形まで含めるなら美術関係も怪しいか」

「能や狂言の人形、怪異という方面で考えるなら伝承の調査を主目的とした民俗学の一品なんて可能性もあるぞ」

 そもそも、怪異が大学にいるのか、それすらも分からない。片っ端から校内を回るしかないと思っていた。

「…ぁ」

 建物の縁に掴まって、こちらを見ている者と目が合うまでは。

「ま、し!」

 昨日の事もあった。名前を呼んでいる余裕もなく、志貴は間下に飛びついて一緒に地面を転がっていた。間下に押しのけられるのと同時に、金属の凹む音が辺りに響く。先程まで間下が立っていた場所もろとも車のフロント部分は破壊されていた。そして、その一撃を放った異形が…怪異が二人を見下ろしている。

 武者のようだ…と志貴は思った。

 現代に似つかわしくない鎧武者の姿をした怪異だったからだ。だが、四本もの腕を身体から生やし、その長い手腕の先には刀、包丁、バット…どれも血を帯びた様々な凶器となって、その手に握られていた。能面あるいは木彫りのような…その顔は表情を変えることなく、殺意に満ちた目玉だけで二人を捉えていた。

 恐怖を前に動けなくなった志貴に向かって無慈悲にも刀が振り下ろされる。思考停止してしまった志貴は額を捉えた刀の刃先を見上げたまま、ただ死を感じていた。その刹那、間下に首根っこを引っ張られ、鼻先スレスレを刀の刃先が通り過ぎる。続いて、パアンっ…と耳の痛くなる音が聞こえ、志貴の目の前で怪異が大きく仰け反った。

 まさか、と志貴が背後の間下を見れば、紫煙を燻らせる拳銃を構えていた。

「間下、それ…」

 間近で発砲音を聞いたからか、間下が何を言っているか分からなかった志貴だが、おそらく「正当防衛だ。ほら、立て!」とでも言っているのだろう。間下に引っ張られながら志貴はヨタヨタと立ち上がり、怪異から距離をとっていく。

「嘘だろ…」

 間下は脂汗とも冷や汗ともつかぬ汗を流しながら、理解できないという表情で怪異を睨みつけていた。普通の人間と違うというのか、銃で撃たれたというのに怪異は倒れることなく再び二人を見据えている。

「間下、屋内に!」

 志貴は怪異が刀を振り下ろした時のことを振り返る。あの長い手腕で凶器を振るえば、間合いは広いだろうが、その分、この駐車場のように広い場所でなければ、横に薙いだり、上に振りかぶろうとしたりすれば、天井や壁に引っ掛かって、その力を存分に振るうことは叶わないだろう。


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