第三話 アイドルの意外な一面
帰宅してテレビをつけると、今や見ない日はないほどの人気を誇るトップアイドル、『辰巳 慧』の顔が映し出された。丁度放送されていたのは、三人の芸能人が三十分間語り合うというトーク番組だった。俳優やアイドルなど週によってゲストは違うが、今週は『慧くん』と、俳優二人のトーク回らしい。明日は由紀の付き添いで彼のライブに行くことだし、予習がてら見てみるか。私は軽い気持ちで画面を眺めることにした。
一人目は俳優の『永田 光輝』。今話題の若手俳優だ。顔が整っていないと様にならない前髪のセンター分けに、軽いパーマをかけた中性的な顔立ちは、女性だけでなく男性も虜にしているそうだ。
二人目も同じく俳優の『岩山 剛』。彼は子役として芸能界デビューし、今年でデビュー二十五周年を迎えるベテラン俳優だ。黒髪で襟足を綺麗に刈り上げた爽やかなツーブロックが、岩山さんの男前さをより一層引き立てている。
「慧くんの髪って、奇抜だって言われない?」
「確かに、珍しい髪の色だよね」
永田さんが『慧くん』に問いかけ、岩山さんもそれに同調する。
「ずっと髪色変えてないみたいだし、何か思い入れがあるの?」
永田さんがそう質問すると、彼は自身のペールブルーの髪を指先でそっとつまんだ。
「この髪の色ですか?……そうなんです。ちょっと思い入れがあって」
「へえ、やっぱりそうなんだ」
「僕、アイドルを始める前は結構なアイドルオタクだったんですよ。今もですけどね」
『慧くん』はそう言って、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「意外だね」
「うんうん。誰が、えっと……推し、だっけ?好きな推しのアイドルはいるの?」
岩山さんが、聞きかじったオタク用語を使って『慧くん』に質問をする。
「はい、ずっと推しているアイドルがいるんです。この髪の色は、そのアイドルのイメージカラーなんですよ。彼女はもう引退されてしまったんですけどね……」
「へえ、だれだれ?」
永田さんは興味津々といった様子で、少しばかり前のめりになっている。
「もう引退して一般の方になられているので、ご迷惑をおかけしないようにお名前は伏せさせてください。ただ、水色がイメージカラーの、本当に素敵な方です」
彼は頬を僅かに赤く染めて、真剣な眼差しでそう言った。
へえ、水色がイメージカラーか。配慮もできるなんて、しっかりしたファンなんだなあ。私は感心しながらテレビを見つめていた。
「彼女は五年以上アイドルとして活動されていたんですけどね。ずっと応援していて、これからも当たり前のようにステージを見られると思っていたのに、三年前、急に引退を発表されて……。僕、ショックで一週間泣きに泣きました」
水色がイメージカラーで、五年以上活動していて、三年前に引退……?なんだか、少し前の私とプロフィールが同じだ。
私は思わず、テレビの前でお茶を啜りながらクスッと笑ってしまった。世の中には星の数ほどアイドルがいるのだから、そういうこともあるのだろう。どこかの誰かさんが私と同じような足跡を残し、そしてこんなにも熱烈なファンを生み出していたなんて。なんだか勝手に親近感が湧いてくる。
「そ、そうなんだ」
永田さんはなんとか相槌を打つも、『慧くん』の尋常ではない熱意に少し引いている様子だ。岩山さんも同様に、笑顔が引き攣っている。その空気を察したのか、番組は不自然なタイミングでCMに入った。
「ガチのオタクってすごいなあ」
テレビの前の私は感心しながら、呑気にCMが明けるのを待っていた。
「いやあ、慧くんは彼女のことが本当に好きなんだね」
「はい。大好きです」
CMが明けてすぐの永田さんの言葉に、慧くんは食い気味に答えた。「大好きです」という言葉が、重みを持って鼓膜に届く。引退して三年も経っているのに、彼の熱意は全く衰えていないようだ。
アイドルとしてはファンの熱意は嬉しいはずだが、あまりの執着ぶりに「このファンに推されているアイドルも大変だな」と、見ず知らずの『彼女』に少しだけ同情してしまった。
「僕は彼女に憧れて、いつか一緒に仕事ができたらいいなと思ってアイドルを目指したんです」
「そ、そうなんだすごいね」
「……あ、もう今更かもしれませんが、テレビの前の皆さん、彼女のことを特定しようとしたり、調べたりするのは絶対にしないでくださいね。僕、同担拒否なので」
再び、スタジオの空気が凍り付く。冗談めかした口調ではあったが、その目の奥は全く笑っていなかった。しかし『慧くん』は周りの反応を気にする様子もなく、涼しい顔で横に置かれたお茶を口に含んだ。
「同担拒否……?」
「すごいね。いわゆるガチファンってやつかな」
「まあ、そんなところですかね」
岩山さんは用語が理解できずに頭の上に疑問符を浮かべ、完全に引いている様子だが、永田さんはどこか面白がっているような顔つきだ。
「あ、ねえねえ慧くん。もし引退した彼女がこれ見てたら、何て声かける?ちょっとカメラに向かって喋ってみてよ」
永田さんが『慧くん』にむちゃぶりをしだした。怖いもの知らずというやつだろうか。すると『慧くん』は、ぱっ、と顔に花を咲かせたように表情を明るくした。
「いいんですか?」
「いいよ、やってみて」
永田さんの言葉に合わせ、カメラが慌てて『慧くん』の顔をドアップで映し出す。
「……あ、ええと、こんばんは。ライブでは何度もお会いしましたが、アイドルとして貴女と話すのは初めてなので、初めましてと言わせてください。三年前、貴女が引退されたこと、今でも信じられません。貴女のラストライブ、昨日のことのように脳裏に浮かびます。僕は、貴女に会うためにアイドルを目指しました。一目でもいい。お会いして握手がしたいです。僕のこの声が、どうか画面の向こうの貴女に届きますように。……大好きです」
それは、ただのファンからのメッセージなどではなく、まるでひどく重たい告白だった。宝石のようなプラチナブルーの瞳は仄暗い熱を孕み、カメラのレンズ越しに真っ直ぐにこちらを見据える。その姿は、テレビの前の視聴者の心臓を直接鷲掴みにするようなすさまじい迫力だった。
画面越しの、ただの視聴者である私ですら思わず「ひぇっ」と声が出たのだ。もし言われた本人がこれを見ていたら、きっと腰を抜かしていることだろう。
その衝撃に、数秒間、スタジオの時が止まったように静寂が訪れた。
「……あ、あはは、ごめんなさい。ちょっとやりすぎちゃいましたか?」
静寂を破ったのは慧くん自身の笑い声だった。
「いや、すごいね。辰巳くんの熱がこっちまでビンビンに伝わって来たよ」
「彼女のことが本当に好きなんだねえ」
岩山さんが率直な感想を述べ、永田さんも同様にしみじみと頷く。
「勿論です。彼女がいなければ今の僕はいませんから」
「確かにそうだね」
永田さん、岩山さんが共に頷くと、画面には番組終了のエンドロールが流れ始めた。
「お、そろそろ終わりかな」
「慧くんの意外な一面が見れて楽しかったよ」
「隠してるつもりはないんですけどね。でも、この場を借りて彼女に一言伝えられたことに感謝しています。届いていればいいなと願っています」
三人はそれぞれコメントを残し、カメラに向かって手を振った。番組が終わり、軽快な音楽と共に次のバラエティー番組へと切り替わる。
まさか、今をときめくトップアイドルが、引退したアイドルにここまで熱を上げているなんて。トップに登り詰めても一途に一人の女の子を想い続ける姿は、なんだかドラマみたいで少しだけ感動してしまった。
……まあ、同担拒否発言はちょっと怖かったけれど。
テレビを消し、お風呂に入る。明日は『辰巳 慧』のライブだ。彼のパフォーマンスを生で見るのは初めてなので、純粋に楽しみだ。まさか、その明日のライブで、私の平和な人生が大きく狂わされてしまうなんて夢にも思わずに。何も知らない私は、静かな部屋の中ですやすやと眠るのだった。
つづき




