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古株ファンがヤンデレだった件  作者: 柊原 ゆず


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第十七話 崩壊


 移動中のロケバスの中で、僕はスマートフォンを睨みつけながら冷静に思考を巡らせていた。


「辰巳くん、ネットの特定班がもう君のマンションの候補を絞りきりそうなんだ!この勢いだと今日中に特定されるぞ!もうあそこには戻れないからな!」


 隣の席で頭を抱えるマネージャーの焦燥しきった声を聞き流しながら、僕は考える。

 ……一体、いつバレた?誰が書き込んだ?

 僕の変装を見破り、マンションの沿線まで特定した人間。パパラッチならすぐに証拠写真を出すはずだから、おそらく悪質なストーカーファンか何かだろう。だが、書き込み犯の正体などよりも、遥かに重大な問題があった。

 マンションが特定されたら、隣に住んでいるうたたんが巻き込まれてしまう……!

 心臓が嫌な音を立てる。僕が何度『ガチ恋禁止』だと言っても聞かない過激なファンがいる。隣に住んでいるだけで『恋人』とみなし、攻撃対象となる可能性もある。うたたんが僕の『恋人』として世間に晒され、心ない言葉やフラッシュを浴びせられる?そんなこと、絶対に許せるはずがない。僕の神聖なアイドルを脅かす奴らは、この僕が全員――。

 ……そこまで考えて、僕の脳内に革命的な閃きが落ちた。

 いや、待てよ?うたたんは今頃、この騒ぎを知って恐怖に震えているはずだ。真面目で優しい恋人は、どうしていいか分からずパニックになっているかもしれない。そんな時に、「僕のせいで迷惑をかけてすみません。僕が絶対にあなたを守ります」と、僕が手を差し伸べたらどうなる?恐怖と混乱の中で、彼女はきっと、頼れる後輩である僕の腕の中にすがりついてくるはずだ。


「……っ!」


 これはピンチじゃない。彼女の日常を完全に僕に依存させ、僕なしでは生きられないように結びつけるための、絶好のチャンスだ!


「マネージャー、車をあのマンションへ向けてください!今すぐです!」


 僕は血相を変えて立ち上がった。


「はあ!? 何を言ってるんだ、今戻ったら特定班やファンと鉢合わせるかもしれないんだぞ!」

「だからです! 僕の『大切な恋人』を助けに行かなくちゃいけないんです!」

「こ、恋人ォ!?」


 マネージャーの制止を無理やり振り切り、僕はマスクの下で、獲物を迎えに行く捕食者のような、歪で熱い笑みを浮かべていた。






 息を切らしてマンションに辿り着いた僕は、足音を殺して二階へと駆け上がった。

 すぐさま彼女の部屋である202号室の前に立ち、インターホンを押した。だが、反応がない。今度はドアに耳を押し当ててみる。しかし、そこには何の生活音もなかった。一週間の壁越しのストーキングで彼女の生活リズムを完全に把握している僕にはわかる。彼女の気配が、すっぽりと消え失せている。


「……いない?」


 そこで、僕の脳裏に、今まで無意識に考えないようにしていた最悪の可能性が浮かび上がった。

 ……うたたん、逃げた?

 ネットの騒ぎを知って、僕との『同棲』を疑われるのを恐れて逃げた?いや、そもそもあの匿名掲示板のピンポイントすぎる書き込み。あれはアンチやストーカーの仕業なんかじゃない。僕をこのマンションから追い出すために、彼女自身が書き込んだ……?

 そうして見事に火種を作って、僕から、逃げ出したんだ。


「辰巳くん!早く車に乗って!特定班がすぐそこまで来てるかもしれないんだぞ!」


 背後から息を切らして追いかけてきたマネージャーが、僕の腕を引いて急かす。

 逃げた。僕から。あんなに、あんなに愛しているのに。

 足元が崩れ落ちるような、底知れない絶望とショックが全身を貫いた。頭の奥で、何かがぶつんと切れる音がした。視界がぐにゃりと歪み、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。悲しい。苦しい。どうして。僕の何がいけなかったの?

 ……あはは、どうして?


「あはっ……あはははははっ!」


 あまりのショックに耐えきれず、僕の感情は一周回って狂ったような笑い声へと変換されていた。僕から逃げるために、自分の身を危険に晒すような真似をしてまで僕を拒絶した彼女。その絶望的な事実が、僕の理性を完全に破壊したのだ。僕は溢れてくる涙を拭うことすら忘れ、声を上げて狂ったように笑い続けた。


「た、辰巳くん……?どうしたんだ、早く……」

「マネージャー。もう特定されるのは時間の問題ですよ」


 笑い涙で視界を滲ませながら、僕は首を横に振った。


「僕はここに残ります。会社の稼ぎ頭は、誰かに譲りますから」

「は……!?何を言って……」


 呆然とするマネージャーを尻目に、僕は自身の部屋である203号室のドアを開けた。


「マネージャー、おやすみなさい」


 絶句する彼を残し、バタン、と重たいドアの閉まる音が廊下に響き渡った。






 翌朝。

 静寂に包まれた玄関のドアの向こう側に、明らかな『異物』の気配を感じた。足音を殺し、息を潜めて立っている複数人の気配。特定班か、それとも週刊誌の記者か。

 僕はシャワーを浴びて完璧に身支度を整えると、知らないふりをしてゆっくりとドアを開けた。


「あっ……!辰巳慧だ!!」


 ドアを開けた瞬間、フラッシュの光が暴力的に瞬いた。そこには、カメラとボイスレコーダーを構えた、記者の風貌をした男たちが群がっていた。背後には、見知らぬ女が何人かいる。彼女達が『特定班』なのだろうか。


「辰巳さん!ネットで騒がれている、一般女性との熱愛は本当なのですか!?」


 マイクを突きつけられ、血走った目で問いかけてくる記者。アイドルのスキャンダル。普通ならここで否定するか、無言を貫いて逃げる場面だ。人気アイドルとしては、完全に終わりの瞬間である。

 けれど、僕はカメラのレンズの向こう側にいるであろう、ここから逃げ出した残酷で愛しい彼女に向けて。人気アイドル『辰巳 慧』として、この世で一番甘く、美しい笑顔を作って答えた。


「ええ」


 ――本当ですよ。

 だからもう、君の逃げ場はどこにもないよ、僕の愛しい恋人。


つづく

ついに関係が崩壊してしまいました。

辰巳くんが絶望しているところがさいっっっこうに楽しかったです。

絶望するヤンデレからしか得られない栄養がある……。

彼女が逃げたことで、『恋人ごっこ』は崩壊。辰巳くんの囲い込みが始まります。

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