ヒトノモノ その97 決着
九十七
二人は向き合って、観覧車に乗った。低いところから次第にてっぺんへと昇っていく。それとともに、桐谷の鼓動が早まっていった。声を出そうとすればするほど、声がたんなる息になってもれていきそうだった。手に汗をかいた。手を膝に載せて、軽く汗を拭った。それでも、汗がじんわりと手から出てきた。
アカネと桐谷は黙ったままだった。不自然な沈黙。アカネの微笑。てっぺんに着きそうな観覧車。てっぺんに着いた瞬間、「好きだ」と言おう。桐谷は決意を固めた。すると、観覧車が昇っていくスピードが急に遅くなったような気がした。
「僕、アカネさんのことが好きなんだ。アカネさんと一緒になるようになってから、人生が変わったような気がしたんだ。最初、アカネさんに勉強を教えてと言われた時から、アカネさんのことが気になっていて。それで、こんなデートまでできて、嬉しくて仕方がないんだ」
長くて、退屈な告白。桐谷にとっては人生の一大事だったが、アカネにとってはただの退屈なセリフだった。それでも、アカネは驚きに打たれたように目を大きくして、笑顔を続けた。
「ありがとう。私も桐谷くんのこと好きだよ」
「アカネさん」
桐谷は自分の想いがアカネに通じたような気がした。アカネと自分の想いが一つになった。
「友達としてね」
アカネはこの一言をずっと言いたかった。アカネは桐谷の人間としての良さを人一倍知っていた。けれども、彼にときめくことなど一度もなかった。ただの都合の良い人だった。
桐谷は言葉を失った。今までの思い出から精彩さが消えていった。カフェでの勉強。何気ない会話。誕生日のプレゼント。今日のデート。何もかもがまやかしだったような気がした。
「桐谷くんの想いに応えてあげたいって思うの。だけど、私、実は前から言っていた幼なじみと付き合うことにしたんだ。ごめんね。私、アイツのことが好きなんだ」
「じゃあ、なんでデートしてくれたの?」
「今まで、桐谷くんに迷惑かけてばっかだったから、桐谷くんの願いを叶えてあげたかったの」
「僕のこと、好きになってくれたんじゃないんだね」
アカネはうんと頷いてみたくなった。けれども、アカネは心優しい女という印象をふったあとでも、桐谷に植え付けておきたかった。
「もしね、私が桐谷くんことを小学校のときから知っていたら、私は桐谷くんのことを好きになったと思うんだ。私、桐谷くんみたいに優しい人、知らないよ。桐谷くんに会えて、本当に良かったよ」
桐谷は下手なフォローを言われるほど、自分がどうして好かれなかったのかが分からなくなった。それでも、桐谷はアカネの優しさを強く感じた。すると、涙が溢れてきた。こんなに自分を想ってくれる人にはもう会えない気がした。
やっと、泣いた。これをずっとずっと見たかった。アカネは高笑いでもして、桐谷を侮辱したくなった。付き合えるとでも思ったの?バカじゃないの?泣いている男の人の顔って、ほんとに面白い。アカネは体の全体でエクスタシーを感じた。
「泣かないで、桐谷くん」
観覧車が一周した。
「僕もアカネさんに会えてよかったよ」
そう言って、桐谷は振り返りもせず、遊園地をあとにした。
アカネは桐谷がいなくなると、突然声を上げて、笑い始めた。ああ、面白かった。




