ヒトノモノ その96 奇跡
九十六
アカネは鏡の前で入念に着る服を選んでいた。せめて、服装くらいはデートにふさわしいものになるように努めた。アカネは淡いピンクのニットを選んだ。
そして、アカネは化粧をし始めた。白い下地に暗めのファンデーションを塗った。その後、コンシーラーを使って、鼻の毛穴を隠した。
二人は近くの遊園地で待ち合わせした。アカネは桐谷より早く着いたが、木の陰に隠れていた。すると、桐谷が待ち合わせ場所である入場ゲートの前に来た。アカネはスマホをいじりながら、十分経つのを待った。
「桐谷くん」
アカネは手を振って、今まさに来たようなフリをした。
「アカネさーん」
「ごめん。待った?」
「今着いたばかりだよ」
と桐谷は気を利かせた。
「ほんと?よかった」
「何から乗る?」
「そうだなあ。ジェットコースターがいいな」
「初めて乗るから、怖いよ」
「高いところ、怖いの?」
「高いところっていうより、スピードが速いのが怖い」
「大丈夫だよ」
アカネの言うことを断れない桐谷はしぶしぶジェットコースターに乗ることになった。けれども、アカネが隣にいると思うと心強かった。
アカネと桐谷は同じように悲鳴を上げた。
「割と怖くなかった」
「そうでしょ。次はお化け屋敷に行こう」
「ええ」
「いいでしょ」
暗い室内で桐谷はびくびくしていた。けれども、アカネは全く怖くなかった。けれども、女の子らしく怖がっているフリをした。
前方に障子があった。アカネは障子から無数の手が出てくるのだと予想していた。予想通り、手が出てきた。二人は悲鳴を上げた。そのはずみで、アカネは桐谷の手を握った。その流れで桐谷はアカネの手を握り返した。そのまま、二人は手をつないで、お化け屋敷を出た。
「怖かった」
「私も」
アカネは桐谷の手をまた強く握った。桐谷はアカネと手をつないでいるということ自体が信じられなかった。けれども、それはアカネの演出にすぎなかった。
「観覧車に乗ろう」
「分かった」
二人は手をつないだまま、観覧車へと向かった。桐谷は夢を見ているような気がした。高嶺の花だと思い込んでいたアカネが自分と時間をともにしてくれることに驚いていた。人生でこんなことがあるのか。桐谷は喜びをかみしめていた。
「勉強を教えてほしい」という一言から始まって、デートにまでなるとは思いもしなかった。アカネが自分に話しかけてくれること自体が奇跡だった。そして、今のデートはその奇跡すら超えた奇跡だった。
手をつないでいるうちに、桐谷の恋は淡いものから激しいものへと変化した。この観覧車で自分の想いを告白しよう。アカネさんだって、僕のことを好いてくれているはずだ。桐谷は強い確信を抱いて、観覧車に乗った。




