ヒトノモノ その95 策略
九十五
桐谷はテストがあるたびに、アカネの勉強に付き合った。そのため、桐谷の順位は、5位、8位と下がっていった。それでも、桐谷はアカネのせいにはしなかった。純粋にアカネの役に立てることを喜んだ。彼女が目を輝かせて、自分を頼ってくれることが何よりの幸福だった。
授業中、隣にいるアカネのことが気になったり、自宅で宿題を解いているときにアカネのことが頭に浮かんだりして、桐谷は勉強に手がつかないことがあった。桐谷は淡い恋のときめきに酔っていた。けれども、会ったこともないアカネの幼なじみのことを思うと、自分はアカネに好かれているという確かな実感を持つことができなかった。
友達とも恋人とも断定できない微妙な距離感がアカネと桐谷に間にあった。桐谷は自分に対する自信のなさからアカネに近づくことができず、アカネは自分のサディスティックな欲望を満たすために、桐谷に近づいていった。だからこそ、この距離感を維持することができた。
この距離感のまま、2月7日になった。
「今日、誕生日なんでしょ」
「覚えていてくれたんだ」
「どうぞ」
アカネはバックから丁寧に包装された赤い箱を出した。
「何が入っているの?」
「分かんないの?頭いいから、分かるでしょ」
「なんだろう」
桐谷は箱を開けた。中にはチョコレートが入っていた。それも、千円以上はしそうなチョコレートだった。
「ありがとう。こんなふうにチョコもらったの初めてだよ」
桐谷は嬉しく仕方がなかった。
「ほんとに?意外だね」
アカネの笑みに合わせて、桐谷もはにかんだ。
「誕生日とバレンタインデー、一緒にしちゃって、ごめんね」
「いいよいいよ。そんなの。もらっただけで嬉しいよ。青春って感じがするような出来事が自分の身に起きるとは思わなかったよ。アカネさん、本当にありがとう」
桐谷は感激のあまり声が高くなってしまった。
「そんなに喜んでくれるの。あげた甲斐があって、良かった。いつもテストの時に教えてくれたお礼だよ」
桐谷は自分のやってきたことに対する感謝の意を受け取ったような気がした。けれども、アカネにとって、チョコレートなどただのエサにすぎなかった。
アカネは桐谷から次の言葉が出るのを待った。
「アカネさん、お願いがあります」
「どうしたの?急に丁寧になって」
「僕と」
「何?」
「あのデートしてくれませんか?」
「いいよ」




