ヒトノモノ その92 文理
九十二
アカネは文系か理系かを選ばなくてはならない時期にきた。アカネ本人はどちらでもよい気がした。けれども、どちらかを選ばなくてはいけなかった。
「お母さんは文系なの?」
「文系だよ。アカネはどうするの?」
「私も文系にしようかな」
「適当に選ぶものじゃないよ。文理選択はどういう大学に行きたいかで決めた方がいいと思う」
アカネは大学に行くつもりだった。けれども、これといってどこに行きたいという明確な志望動機がなかった。
「お母さんは、どういう学部に行ったの?」
「文学部で社会学っていうのをやってた」
「社会学って、何?」
「説明するのが面倒なんだよね。社会について勉強してたの」
「話がふわっとしている」
「難しい本読んだり、フィールドワークとかしてたり」
「それって、面白いの?」
「面白いよ」
アカネは興味が持てなかった。
「たいていの人文系って、本を読むから、ここにある本を見ると、何かヒントがあるかも」
アカネの母親は少しでも娘の進路のためになればいいと考えて、自分の本棚を見せた。そこには500冊以上の本が並べてあった。本は図書館の分類に従って、並んでいた。つまり、総記、哲学、心理学、宗教、社会科学、自然科学、文学といったジャンルがそろっていた。
「お母さんって、ほんとすごいよね」
「読書が好きだから」
「社会学の本って、どれなの?」
アカネの母親はウェーバー、デュルケム、ジンメルの本を取り出した。
「社会学っていったら、まずはウェーバーでしょ」
アカネの母親は楽しそうにしていた。
「誰?」
「ドイツの社会学者」
「ふーん」
アカネは母親の勧めをゆるやかに断った。
「たいていの学問はここにそろっているから、パラパラと見たら」
そう言って、母親は本棚がある部屋から出た。
アカネは本を読む習慣がなかった。けれども、本棚から興味を持てそうな本を取り出しては元に戻すを繰り返した。その中で、もっともアカネの気を引いたのは夏目漱石の『行人』だった。『行人』とは、主人公一郎が妻の愛を信用できず、苦しむ話だった。可哀想な人と思いながら、アカネは頁をめくった。




