ヒトノモノ その90 準備
九十
「髪切ってきたの?」
「まあね」
「さっぱりしていいね」
「似合ってる?」
「いつもより、かっこいいと思うよ」
桐谷は見た目に気を遣うようになった。アカネに釣り合うような男の子になろうと彼なりに努力していたのである。アカネはそこまでは気づけなかった。知ったところで、そんな努力をアカネは評価しなかっただろう。
「また、ケンジくんに話しかけられたんだ」
「そうなの?」
ダサい男。ケンジは桐谷に嫉妬しているのだとアカネは考えた。
「何か嫌なこと、言われたの?」
「お前みたいにダサい奴、アカネさんは興味がないってさ」
「酷いこと言うね。桐谷くんはダサくなんかないよ。」
流石にアカネは桐谷に同情した。ますます、ケンジに対する憎悪を募らせた。けれども、アカネは冷静だった。どうにかして、この嫉妬をうまく使えないだろうか。
「私がなんとかしておくよ」
「多分、僕がもう少しアカネさんと一緒にいていいような男だったら、こんなことにならなかったような気がするんだ」
「大丈夫よ。もっと自分に自信を持って」
「僕はただのガリ勉だし、そんなにかっこよくないし」
桐谷はケンジによって、心を傷つけられたようである。アカネは「まあ、その通りだけどね」と言ってしまいそうだった。
「ネガティブなこと言わないで」
表面的にアカネは桐谷を元気づけた。
アカネは自宅でケンジからの返事を待っていた。
「ちょっと話したいことがあるんだ」
やっと来た。アカネは素早く手を動かした。
「いいよ」
二人はファミレスで出会った。
「アカネちゃん、久しぶり」
アカネは「ちゃん」と呼ばれることが気に入らなかった。
アカネは薄紫のワンピースを着ていた。兄曰く、紫はみーたんのシンボルカラーなのである。男受けする服のヒントをアカネはみーたんから得ていた。
「久しぶり」
アカネは微笑みながら、手を上げた。
「話したいことって何?」
「えっとさあ」
桐谷の前では威勢よく悪口を言っていたにもかかわらず、彼はアカネを前にすると言葉が出なくなった。
「アカネちゃんって、アイドルの誰かに似ているよね」
ケンジは本題を言いだすことが出来なかった。臆病な男。「好きだ」だの言ったら、笑顔でさっさとふってあげるのに。
「誰か似ている人いるかな?」
アカネはみーたんだと知りながら、困った顔をしてみせた。
「みーたんに似ているよね。中学生のときから、そう思ってた。みーたんに似て、アカネちゃんって、可愛いね」
「そんなふうに言われたの初めて。ありがとう。みーたんって可愛いもんね」
もちろん、初めてではなかった。アカネは「可愛い」と言われるくらいで喜ぶような分かりやすい女ではなかった。
アカネはケンジを追い詰める準備を事前にしていた。アカネは彼が弱って傷つく様子を楽しみにしていた。




