ヒトノモノ その88 反撃
八十八
最後のテストが終わった。アカネにとって、まずまずの出来だった。
「アカネさんの中学校のときの知り合いにケンジくんという人がいるよね?」
桐谷は気まずそうにアカネに尋ねた。ケンジはクラスが異なるが、同じ高校だったのである。アカネは昔のことを思い出して、眉間にしわが寄りそうだった。
「知ってるよ。あの人がどうかしたの?」
敵意を込めて、「あの人」と言った。
「偶然、アカネさんと僕が歩いているところを彼に見られたみたいなんだ。今日、彼にそのことをからかわれて」
「どういうこと言われたの?」
「付き合っているのかって」
「なんて、答えたの?」
「付き合っていないって。それでも、相手の方がしつこくて」
「気にしなくていいよ」
アカネはケンジに対して、嫌悪感しかなかった。あの男の泣きづらを見てみたい。この状況をうまく活用することはできないだろうかとアカネは思案した。
「そんなに気にしていないよ。でも、僕とアカネさんが一緒にいるのは、アカネさんにとって、マイナスになりそうで」
「そんなことないよ。気遣ってくれて、ありがとう」
アカネは彼の優しさに全くときめかなかった。ときめくことができれば、恋というものが分かるのかもしれないとさえ思った。けれども、恋がもたらす精神的な安定さよりも、アカネは人の気持ちを踏みにじる方が面白そうだと感じた。
「あと、ライン、交換してくれませんか?」
桐谷は語尾にいくにつれ、弱々しく声を出した。
「改まって、どうしたの?いいよ」
「なんか緊張して」
アカネにとって、桐谷は分かりやすい男だった。普通の人なら、彼の初心なところを可愛げがあるものだと受け取るだろう。けれども、アカネはいいカモだと思うだけだった。
二人は互いにスマホを出して、連絡先を交換した。
「アカネさん、ありがとう」
「こちらこそ」
「じゃあね」
桐谷は教室を出ていった。アカネはその場に残った。アカネはケンジに対する仕返しを考えるだけで心が躍るような気分だった。
アカネはルーズリーフを取り出して、左手で文字を書いた。そして、誰もいないケンジの教室に行き、そのルーズリーフをケンジの机に入れた。これで、準備は完了した。あとは、明日になって、ケンジがそのルーズリーフに気づくだけだった。




