ヒトノモノ その86 遊戯
八十六
「一緒に勉強しよう」
「ごめん。一人で勉強したいんだ。テスト期間くらい一人で勉強した方がいいと思うよ」
「じゃあ、違う人に教えてもらおうかな」
アカネは常に効果的なフレーズを模索していた。どうすれば、相手の気を引くことができるのかを研究していたのである。そして、そのフレーズがうまくいくと、ゲームを攻略したように愉快な気分になった。
アカネはそう言って、教室から出ようとする。
「待って、アカネさん」
「教えてくれるの。嬉しい」
アカネは大げさに喜んでみた。けれども、あまりに相手がチョロいため、興ざめしてしまった。
二人は安いカフェに行き、向かい合って座った。桐谷はどこに焦点を合わせたら、よいのかが分からず、視点が安定しなかった。
「僕なんかと一緒にいるのを見られても、恥ずかしくないの?」
「なんで?ただ、勉強しているだけでしょ」
「それはそうだけど、僕とアカネさんがいるところをクラスの人が見たら、どう思うかな?」
「別に付き合っているわけじゃないんだから。心配しないで」
アカネは桐谷のことを友達とも恋愛対象とも思っていなかった。このどっちつかずな状態をキープしつつ、彼を誘惑して、嘲笑いたいだけだった。
「アカネさんは、付き合っている人いないの?」
「いないよ」
「すごくモテそうだから、いるのかなって思って」
「モテそうに見えるの?」
桐谷は小さく頷いた。
「嬉しいなあ。そんなにモテないよ。誰とも付き合ったことないよ」
アカネは謙遜しつつも、自分の自尊心を満足させていた。
その後、アカネは桐谷に数学や古典について教えてもらった。桐谷はアカネに頼まれると断ることができなかった。こうして、アカネは桐谷の学習時間を徐々に奪っていった。たんに告白させて、ふってしまうよりも、まずは彼の成績を下げてみたかったのである。
「ありがとう。こんなに教えてくれて」
そんなことを言いつつも、だいたいのことは桐谷に聞かなくても、アカネは理解できていた。
「僕の方こそ、勉強になったよ」
桐谷が気遣ってくれたことくらい、アカネは分かっていた。というのも、4時間も一方的に教えてもらったからである。
帰り際、桐谷は自分とアカネの分のコップを返却口に戻した。
「ありがとう。ほんと、桐谷くんって優しいね」
「別にいいよ」
確かに彼は優しかった。けれども、アカネは彼に全く興味を持たなかった。たんなる恋愛ゲームの駒にすぎなかった。




