ヒトノモノ その68 執着
六十八
君も知っているように、地元にある大学と言えば、一つしかありません。だから、僕はスミレさんがどこの大学に通っているのかなど調べなくても分かりました。
スミレさんに会えない日が増えるごとに、僕は大学の図書館に行きました。もしかしたら、スミレさんが図書館にいるかもしれないという期待を抱いたからです。
本を探すふりをして、哲学、宗教、心理学、社会科学といった棚をゆっくりと歩いていきました。しかし、スミレさんの姿は見つかりませんでした。
一体、僕は何をしているのでしょう。当時は「ストーカー」という言葉がありませんでした。しかし、今の自分の視点から昔の自分を見ると、僕の行っていた行為はストーカーそのものでした。
自分でもこんなことをしてはいけないと理解しています。しかし、行為そのものを辞めることができないのです。頭では分かっているけれども、魔が差してしまうのです。僕は心が弱い人間でした。ここまでくると、恋をしているのか、自分の欲を満たしたいのかが分からなくなりました。
僕は週に何度も図書館に行くようになりました。すると、スミレさんを何度か目撃することがありました。僕はスミレさんに気づかれないように棚の陰に隠れました。そして、こっそりとスミレさんを見ました。
僕は何度かスミレさんに話しかけようとしました。しかし、自分がしている行為が道徳的に正しくないことを理解しているがゆえに、僕はスミレさんの前に現れる勇気がありませんでした。一応の良心が僕にはあったのです。
しかし、背徳感がもたらす享楽に僕は胸を躍らせてしまいました。悪いことをしているという実感がありながらも、そのこと自体を楽しんでいるのです。そして、図書館から帰ると、自涜に耽るのでした。
自分の脳の中では、僕とスミレさんは愛というものを分かち合っていました。脳の中でしか、恋愛が発展しないのです。それに対して、現実の世界では、二人の距離に変化など全くないのです。
独りよがりな恋愛を辞めたい。僕は脳の中で作り出される妄想の霧の中から、現実の世界に脱出しようと試みました。しかし、霧は晴れることもなく、辺り一面を覆っているのです。しかし、現実的に考えれば、スミレさんには相手がいるのです。霧の向こうにはスミレさんと男の恋愛があるのです。




