ヒトノモノ その48 悪意
四十八
ケンジはみんなの前で謝っていた。アカネにはケンジの謝罪が表面的に見えた。けれども、アカネはその無様な感じを噛みしめていた。言いようのないサディスティックな快感がアカネの心に浮かんできた。アカネは上手い仕返しが思いついたと自画自賛した。
それとは対照的に、ケンジは落ち込んでいた。ケンジは自分のルーズリーフを黒板に張ったのが誰なのかが気になった。ケンジは机の中に入れていたのが間違いだったと後悔した。けれども、ケンジは何一つ反省などしなかった。悪いとしても、自分だけが悪いわけではない。他のヤツだって、楽しそうに格付けしていたはずだ。それにもかかわらず、自分だけが責められるのはおかしい。
アカネは久々に夕食を楽しんだ。ハンバーグをバクバク食べた。
「今日は食べるね」
父親はアカネの食べっぷりに関心した。母親は何も言わなかったが、アカネの調子が良くなっていることにほっとした。
兄がテレビをつけた時、みーたんのニュースが流れていた。
「みーたんだ」
兄は一人だけ喜んだ。
みーたんが一般人の男性と交際していたらしいのである。兄は分かりやすく、落ち込んでいた。
「なんで、一般人なの。おかしいよ」
おかしいのはお前だと言いたくなった。
「落ち着け」
と父親が兄に怒鳴った。けれども、兄は騒いでいた。
一度しか会ったことのない人の恋愛ごときで、感情がかき乱される兄の心理をアカネは理解することができなかった。そもそも、アカネは恋愛感情というものが全くといっていいほど分からなかった。
特定の男を「かっこいい」という観点から眺めることはできた。けれども、アカネはそれ以上の感情が湧いてこなかった。平たく言えば、「付き合いたい」という感情が分からなかった。かといって、分からないことに苦しんだこともなかった。言わば、アカネにとって、恋愛とはどうでもいいものだった。
けれども、男が言う恋愛というものには、一種の疚しさが含まれているような気がした。アカネは周りの男を見るにつけ、そう思わざるをえなかった。兄はたんなる執着を恋愛と履き違え、クラスの男子は恋愛を格付けだと思っている。アカネはそういう周りの男たちは軽蔑した。
そして、アカネは今日感じたサディスティックな快感を思い出した。アカネは、同じようなことをしたくなった。




