ヒトノモノ その40 情欲
四十
やっぱり、ヒトノモノだった。そういう失意だけが心の中にあった。僕は小バカにされるために、誘われただけだった。けれども、より一層先生を愛おしく思うのだった。
帰り道は別々だった。一人だった。行きは二人で歩いたのにもかかわらず、一人になった。薄暗い夜道を歩いていく。今日の喜びが一気に崩れていった。
家には明かりがついていた。母がいつもより早く帰ってきた。
「何してたの?」
母は何かを疑うように僕を見た。
「ちょっと、ラーメン屋に行っただけです」
「ああそう」
母はそう言い捨てた。
僕はいつものように二階に上がろうとした。
「ねえ、そろそろ家庭教師、やめてもいい?」
「どうしてですか?」
「数学の点数、上がったんでしょ?」
「待ってください」
「点数が下がって、どうしようもなくなったら、また始めればいいわ」
「白石先生の教え方がうまいから、ここまで上がったんです。だから、そのまま続けたいです」
「そんなにいい先生なの?」
「いい先生ですよ」
いい先生といっても、フォルムがいい先生なのである。
「仕方ないわ。もう少しだけね」
母の言い方はぞんざいなものだった。
僕は先生が自分の家に来なくなることを考えると、目頭が熱くなった。その妖艶な美をこの目に収めることができないと考えたら、居ても立っても居られない。
「ケイタくんのこと、大好きよ」
「付き合っている人がいるんじゃないんですか?」
「もうケイタくんに乗り換えちゃおうかな」
「本当ですか?」
「ほんとよ。こないだはからかって、ごめんね」
「いいですよ。そんな」
白石先生はいつものように僕の隣で教えてくれた。
「ねえ、このベッドでいつも寝てるの?」
先生はベッドを指さした。
「そうですよ」
「悪いことでもしよう」
「そんな」
「初めてなんでしょ、こういうこと?教えてあげる。こっちも得意よ」
先生はベッドに座っていた。僕は勉強机からベッドに歩み寄った。僕は先生を優しく倒した。うつぶせに寝かせて、その上に跨った。ポニーテールを右手で優しくかきあげて、うなじを露にさせた。そのうなじは透き通るように白かった。舌を使って、そのうなじを舐めた。何度もうなじを往復した。先生は皮膚で何かを感じているようだった。
先生はそれに飽きたのか、急に仰向けになった。そのはずみで、口と口が合った。舌が入ってくる。口と口がもつれ合う最中、先生は優しく服を脱がせてくれた。僕はベルトを緩めた。それに続けて、先生は白いニットを脱ぎ始めた。すると、ラベンダー色のブラジャーが顔を出した。その胸に僕は顔をうずめた。それと同時に、先生の白い手が僕の背中に巻き付いた。二人そろって、はあはあと吐息を吹きかけた。その吐息には温もりがあった。そのまま、ことを為した。ベッドが軋む音と二人の吐息だけがこだましていた。
ヒトノモノじゃない。自分のモノなんだ。
そういう空想に浸りながら、右手を上下に動かした。悦楽という言葉がぴったりだった。それと同時に、罪悪感が芽生えた。悪を為す手前にいるような自覚。人でなしになってしまうような予感。けれども、楽しいという単純な気分には敵わなかった。




