ヒトノモノ その41 要求
四十一
「やっぱり、一度だけあの子に会わせて欲しいんだ」
「今まで通りでいいじゃない」
「気になるんだ。どのように成長をしていったのか。写真でしか見たことないし」
「会ってどうするの?」
「会うといっても、一目見るだけでいいんだ。わざわざ、何かを話すつもりはない」
「父親としての情でも湧いたの?」
「まあ、そういうところかな」
カフェで男と女は前回会った時の話の続きをしていた。男は前回の話だけでは納得いかなかった。そのため、女をカフェに呼んだ。それに対して、女は前回の話だけで十分だった。実際、女は男に会いたくなかった。
「この話はやめましょう」
「一目でいいんだ」
女はどうしても自分の子どもを男に会わせたくなかった。会わせたら、今までの生活が成り立たなくなるような気がしたからだ。
「一目でもダメよ」
「どうして、そんなに会わせたくないんだ?」
毎月、男は給与から女とその子どもに生活費を渡していた。そのため、どうしてもその子どもを一目見たかった。
「あなたが父親だと名乗り出るかもしれないからよ」
女の言い分は建前だった。本音は別のところにあった。
「そんなことはしない。文字通り、一目だけでいいんだ」
「ダメよ」
女はそう言って、誤魔化すしかなかった。
「もしかして、君はあの子を育てていないんじゃないか?もうあの家には君しかいないなんてことはないよね?」
流石にそれは男の邪推に過ぎなかった。
「そんなことはないわ。あの子はうちで育てているわ」
そう言いつつも、女は自信をもって、我が子を育てていると言うことはできなかった。
「ダメなのか」
男は言うべき言葉が見つからなかった。
「あなたがあのとき、私たちを捨てたのが悪いのよ」
女は最後の手段としてとっておいたこの言葉を言うしかなかった。男はそう言われると、何も言えなくなった。何年経っても、男は女とその子を捨てたという十字架を背負わざるをえなかった。
「分かった。もうこの話はなしにするよ。ぼくが悪いのに、いつもこう思うんだ。なんで、大学生なんていう責任を取れない立場の時にあの子が生まれたんだろうって。ぼくが悪いのは分かる。でも、もし今ごろ普通に結婚していたら、君もあの子も家族だったはず」
女はそう言われると、自分が悪いことをしている気分になった。けれども、女は何も言わなかった。




