ヒトノモノ その104 喧嘩
百四
サエはアカネの家で待っていた。サエとアカネは宅飲みをするつもりだったのである。本当はアカネのために、おつまみをつくって待っているはずだった。けれども、そんなやる気は湧かなかった。
そんな折、サエはアカネに電話した。サエは早くアカネに来てほしかった。けれども、それは嬉しい理由ではなかった。
「早く来て」
「今すぐ帰るから、はーい」
サエの心情を知らないアカネの声は愉快そうだった。
「ただいま」
アカネが帰ってきた。サエはテーブルで先に酒を飲んでいた。
「先に飲んでたのね」
「ねえ、これ見て」
サエはスマホを見せた。
「別れよう。アカネちゃんに告白されたんだ。だから、オレはアカネちゃんと付き合うことにしたんだ。実は、アカネちゃんとオレは中学校と高校が一緒で昔からアカネちゃんのことが好きなんだ。やっぱり、サエちゃんにはアカネちゃんの代わりはできないね」
サエはすでに4缶ほどビールを飲んでいた。
「さっき、こんなラインがきたの」
「ごめんね。私が悪いの」
アカネは謝るしかなかった。
「へえ。アカネちゃんって、人のカレシに手を出すんだね。信じていたのに」
サエは酔っていることと突然のショックが重なって、アカネを責め立てた。サエはアカネに恋人を取られたと誤解した。アカネはあの男の仕返しだと直感した。
「ちゃんと、話を聞いて」
「はあ。わたしのカレシがケンジくんだと知って、ケンジくんに言い寄ったんでしょ。二人が知り合いだったなんて知らなかった。ケンジくん、言ってたんだ。わたしのこと、『アカネちゃんみたいに可愛いって』。最初は褒め言葉だと思ったよ。でもね、だんだん悲しくなってきたの。もとから、アカネちゃんのことが好きだったんだね」
「言い寄ってなんかないし、告白もしてないわ。あの人はサエちゃんが思ってるようないい人ではないわ」
「信じらんない。いつも、可愛い娘ぶって、人を騙しているんでしょ。いいな、もとから可愛い娘はいい思いをして。わたしなんて、いつもふられてばっかだし。アカネちゃんはふられたことないでしょ。こういう気持ち分からないでしょ」
正直に言って、アカネはその気持ちが分からなかった。どう答えたらよいのか分からなかった。
「初めて、『付き合って』って言われたの。生まれて初めてなの。こんなに自分が好かれていると思ったことないの。それなのに、アカネちゃんが余計なことするから、わたし、捨てられたんだよ。許さないから。もう絶交するから」
そう言って、サエはアカネのアパートを出た。アカネはサエを引き留めることができなかった。
数日後、サエを心配したアカネはどうしたらいいのかを考えた。アカネは摂食障害になったときに出会った本田のことを思い出した。カウンセラーなら、傷ついたサエの話を聞いてくれるかもしない。
アカネが大学のカウンセラーを調べた。すると、サイト上に本田が映っていた。アカネはこの偶然に驚いた。本田さんなら、サエも心を開いてくれるはず。アカネはサエに大学のカウンセリングルームについて伝えた。既読がついて、アカネは安心した。




