ヒトノモノ その102 普通
百二
サエはアカネを観察しているうちにあることに気づいた。アカネは、たいていの男の子を褒めては気を引いていた。大したことがないことに対しても、「すごい」と口にし、つまらない話に対しても、「面白い」と口にした。さらに、相手に頼みごとをして、うまくいったときは「嬉しいなあ」と媚びて見せた。
男の子はその言葉に深い意味がないことを理解できないように見えた。けれども、サエはアカネが見せる媚態に大した意味がないことが分かった。それに、サエはアカネの褒め言葉が、たんなる使い回しの演技であることも容易に見て取れた。
要するに、サエはアカネがどんな男も気を引こうとするぶりっこであるという結論を下した。けれども、そのような媚態がうまくいくのはアカネが気の強そうな外見をしていながら、可愛らしい態度を見せるというギャップがあるからである。とてもサエにはできそうになかった。
アカネの技が分かったサエは男の子が簡単なトリックに気づかないのかがどうしても理解できなかった。同性である女の子にはぶりっこでも、異性である男の子にはたんなる可愛い娘に映ることだけはどうやら事実のようだった。サエはアカネの器用さを羨んだ。
アカネは高校のときに身につけた演技が板について、自然なものとなっていた。意図的に媚びようとしなくても、自動的に媚びることができるようになった。アカネはその技術を生かして、あらゆる男と友達になった。男友達で十分だった。
そんなアカネにとって、ふった時に快楽をくれそうな男はいなかった。なかなか、桐谷にように初心な男もケンジのようにぶちのめしたくなるような男もいなかった。ただ、男が恋愛というモードに入ろうとすれば、ことさらに「友達」であることを強調し、徐々にその男からフェードアウトした。
アカネは大学生になっても、恋愛感情がよく分からなかった。それに、アカネは男が情欲という眼差しを自分に向けることが許せなかった。男の身体が自分の身体に入り込むことを考えただけで反吐が出た。それが愛の形の一種だと言うのなら、愛など理解できなくても一向に構わなかった。
けれども、アカネは恋をしているサエを羨ましいと思った。自分も単純に恋ができたら、男を誘惑して、ふり続けるといったおかしな趣味から抜け出すことができるような気がした。世間体で認められているいわゆる普通の恋愛をしたかった。けれども、アカネは男という生き物をどうしても好きになれなかった。
サエはアカネの容姿を羨み、アカネはサエの無垢な恋愛感情を羨んだ。お互いがお互いにとって、足りないもの持っていた。




