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かみ・つき  作者: B-POP
21/28

魔界? 接近

 五時間目も六時間目も授業なんて上の空だった。いや、いつも身が入っているかといわれるとそこは微妙なんだが、今日のは格別だ。いつスピーカーが『バツッ』という音とともに起動して、超科学部総呼び出しを食らうか、気が気じゃなかった。

 そんな想像に反して授業は当然のように終了し、掃除も終わった教室にはカナメと吹水、そして俺だけが居残っている。幸い、根隅は今日発売のゲームがあるとかでだれよりも早く教室から消えていた。いたらうるさいから蹴り出さねばいかんところだった。

「それで、い、いちだいじ、って?」

 昼休み終了直前、それだけを伝えたところで教師がフライング気味に表れたのは痛恨の極みだった。しかもあの野郎、手伝いのために次の休み時間は吹水を呼び出しやがって。うちの魔王に何やらせんだっつーの。

 中途半端に伝わったせいで、六時間目の吹水はそわそわと落ち着きがなく、時折こちらを見ては半泣きになっていた。悪いことしたな。

「あぁ。ざっくり言うと、美緒のやつが部室に籠城してる」

「えぇ!」

「ええぇ」

「カナメ、お前は知っとるだろ」

「ここは空気を読むべきかなぁ、と」

 だから、何でそんな余計なことばっか覚えんだよ、この神様は。大丈夫か、この世界?

「ろ、籠城って、閉じこもってるの? どうして?」

 と、カナメのボケにつきあってる場合じゃない。俺は昼休みの話題から自分なりに推理した内容と、それがあながち間違っていなかったことを伝えた。

 別の幽霊。生徒会による魔女の接収。それを防ぐために部室に結界を張った美緒。

「他の幽霊が出てくるなんて、タイミング悪いにもほどがあるけどな」

 日頃の行い、っていうなら俺や吹水に罪はないはずだ。カナメも、たぶん神様だし除外だろう。となると間違いなく美緒だ。というか、美緒以外あり得ない。

「無茶苦茶に見えるけど、たぶんこれが最善策だったんだろうな。でなきゃ今頃、魔女が生徒会に連れていかれてて、美緒あたりが殴りこみかけてただろうし」

 そうなれば、きっと俺達の部はその時点で活動停止処分なりを食らっていたんだろうな。流石に、公に生徒会に殴り込みをかけて処分なし、というのは無理だろう。

「でも、それじゃ、誤解なんだから」

「誤解を解くすべがねぇんだ。そもそも一般の生徒にとっちゃ、幽霊騒動そのものが眉唾もんなのに、そこにさらに「今回の騒動はうちの幽霊じゃありません」なんて説得力もへったくれもねぇしな」

「そんなぁ……」

 うなだれる顔には、責任を感じているのが見て取れた。そりゃそうだよな、突き詰めて幽霊=魔女の存在が発端であり中心なんだと言われれば、反論もできないだろうし。泣きそうな顔になってるのなんて、目も当てられない。

 でも、だからって目を当てないってのも性に合わない。そういうのは、俺の青春じゃない。すでに魔道に堕ちてるのにまだ青春できると思ってるあたり、楽観的だけどな。

 確かに美緒のいない今、超科学部は決定的に戦力不足の感は否めない。いや、魔王も神様もいるからほんとは戦力はぶっちぎりのはずなんだが、いかんせん、この二人だし。というわけで、

「俺だってたまにゃがんばんだよ。実力で青春しねぇと、青春になんねぇし」

 決まらねぇなぁ。わかってるよ、決まってないのは、だからそんな気の毒な目で俺を見るな、二人とも。

「でだ、さっきの話だけど、幽霊ってのが生徒会にとっちゃネックになってるはずだ」

 だてに午後の授業を上の空で過ごしたわけではない。その研究成果を発表する。

「どうしてぇ」

 ちょっとは自分で考えろ、とは言わない。このあたりはカナメにはなかなか想像がつきにくい概念だろうからな。それに、俺も別に事情通を気取りたいわけではないので、さっさと解答編に移行する。

「幽霊の存在なんて言ってしまえば不確かなもんだ。いるかいないかの証明でさえ曖昧だしな。だから、生徒会は具体的手に出られない」

「ああ」

 察したらしい吹水が、ポンと柏手を打っている。でもとりあえず続ける。ちょっとぐらい名探偵気取りもいいだろ。意外とこういうのも悪くない。美緒の気持ちがちょっとだけわかった気分だ。

「あの魔女さえ渡さなければ生徒会といえど決定打は打てないわけだ。あくまでもこないだの話はうちと生徒会の、暗黙の約束だからな。さすがに、幽霊騒動を理由に生徒会が一部活動を叩くとなれば、バッシングは避けられない。あとは生徒会がどの程度常識的かなんだが、こればっかは神のみぞ知る、だな」

「あたし、そんなこと知らないよぅ」

「ものの例えだ」

「それで、美緒は部室の守りを、固めたんだ。すごいね」

 ほんとにすげぇよ。頭の回転と発想力は、同世代の中じゃずば抜けてるだろう。もしかしたら人類の中でも上位かもしれん。少なくとも俺なんかじゃ相手にならないのは間違いない。でも、隣りで見ていたおかげで、今自分が何をするべきかの参考にできる程度には、俺だって阿呆じゃないつもりだ。

 悔しいけど、行き詰ったら考える。美緒ならどうする、って。そこから非常識とやりすぎと理不尽を削り落すと、答えは見えてくる。はずだ……たぶん。

「だから俺達は、その間に今回の事件の謎を解くわけだ」

「おぉっ」

 感心したカナメの目がきらきらと輝いている。ふふん、もっと称えていいんだぞ。

「んだが……何か、もう、解決した気がするんだ、俺」

 得意げに腕を組んでいられたのは、ほんの数秒だった。

 あれ? 疲れてんのかな? あれ?

 瞬きする。眉間を指でつまんでみる。う~ん、肩こりか。バキバキ。うわっ、すっげぇ関節が鳴ったけどおっかしいな、まだ疲れてる。やっぱ慣れないことなんかするもんじゃねぇか。知恵熱出たか? とうとう幻覚が

「ねぇ杏子ぅ、これ、だれぇ?」

「え? ぼ、僕の知り合いにはいないけど……、誰だろうね? 誰かの保護者、とか」

「やっぱこれ俺だけに見えてる幻覚とかじゃないのか。ってか、こんな保護者、見たことないだろ」

 いきなり何の前兆もなく現れて教室の中をうろうろしていらっしゃるのは、背丈以外は全く保護者的要素を持たない、いや、それどころか人間要素すら希薄な方々だ。

「どー見ても、魔界的悪魔的などなたかに見えるんだが」

 二足歩行で尻尾を揺らして教室を横切る実にたくましい殿方は、背中に翼的な何かを背負っていらっしゃる。かと思えばその隣、歩行してすらいない空飛ぶご婦人の腰から下は、毒々しいまでに色鮮やかなバラの花だ。花がくっついているんじゃない、バラから上半身が生えている。その向こう側なんかでんでん虫だろ、完璧に。

「透けて、るね」

 あんまし問題じゃなさそうだけど、確かに向こう側が透けて見えている。かと思っていると、ある程度離れたところで、そいつらの姿はすっと消えて見えなくなってしまう。

「何だ、今の?」

 今目の前にあるのは、ちょっと夕方の橙色を帯び始めた西日に照らされる、何の変哲もない放課後の教室だ。わずかばかりの寂寥感は、放課後独特のカタルシスだ。

 しばらくぼんやりと眺めているが、再びあの謎の存在が現れることはなかった。いや、出てこられても困るんだけど、出ないのは出ないで気持ち悪い。

 グラウンドで運動部の活動する喧騒が届いて、ようやくそこが日常の延長線なんだと実感できたのは、さらに少したった後の話だ。四時半を告げるチャイムの音を、どうしても現実のものだと認識できなかったのは、どうやら吹水も同じだったようだ。

 と、またも図ったようなタイミングで俺の携帯がブルブルと震えている。

「どした? 攻め込まれたのか?」

『笑えない冗談だが笑ってやろう。あっはっはっは。で、要件だが』

 笑い声がバカにしきってやがる。畜生、バカにしやがって。

「なんだ? 魔界の住人でも見えたのか?」

『なんだね、知っていたのか』

 やっぱりな。こんだけ絶妙のタイミングってことはそれぐらいしかないと思ったが、それにしても向こうでも見えたか。

「こっちでも出たんだよ。デビルマンみたいなのと、空飛ぶお花とその他もろもろが」

『こちらのは実に妖艶な美女であったよ』

「すぐに行く、待ってろ!」

『来なくてもいいよ。というか、むしろ来られると計画が破たんするではないか』

 しょんぼりだ。くそう、何でこっちにはそんなサービスカットがなかったんだ

「シュウぅ?」

 まずい、意識が朦朧とする。

「あ、いや、すまん。少々混乱していたようだ。それで何だ?」

『うむ、うさぎ君が言うにはだね、彼らは魔界の住人だそうだよ』

「なん…だと? にしても、何でいきなりそんなもんが出てくるようになったんだ? お前、また何かしたんじゃねぇだろうな」

『失敬な。この件に関しては完全にノータッチだよ』

 その言い方だと、もっと他にもっとでかい問題がありそうでいやなんだが。

『その辺はうちが説明するよ。ん、ここに向かって喋ればいいのか(ごそごそ)よく聞けよ、あのな、ありゃ魔界の住人だ』

「そりゃさっき聞いた」

『あ、そうか。んでな、あれはまだこっち側に現れてるわけじゃなくて、でも見えてるだけなんだ』

 うん。全っ然わからん。

『なんでだよ! わかれよな。つまり、二つの世界がシンクロし始めて、波長が合い始めてんだよ。このままいくと、混ざって一つの世界になっちまうんだよ。どうやら杏子の魔王の素養は思ってたよりもでかかったみたいだ。すげぇな』

 なっちまうんだよ、って言われてもな。しかも「すげぇな」で片づけんな。

「わかるか?」

「ん、ごめん。ちょっと、いまいち。僕には、難しい」

 無言で首を振るカナメ。つまり、前途多難ってわけだな。

「ってわけで、もうちょっとわかりやすい説明を求める」

『では私がご説明いたしましょう。困った時のナイアガラ、でございます』

 困ったことになるナイアガラじゃないのか? でもなんか無駄に説得力があるな。まあいい、聞こう。

『つまり、魔界と人界というのは平行して存在する別の世界。まぁ、あなた様のような中二秒の脳みそにはパラレルな世界軸、平衡世界と申せば想像しやすいでしょうか?』

 電話の向こうでは「おぉ、なんと想像しやすい」と美緒が感嘆の声をあげている。まあ、あいつが一番の中二病患者だから、いいんだけどな。

『その二つの世界の境界線が今、曖昧になり始めているのでございます』

 なんとなく、想像できなくもない。二本の平行線が溶け合ってくっつくようなイメージが、頭の中に形成される。

『もともと相関性の強い世界同士でございます。境界の溶融はさほど想像に難いことではございませんが、いざ現実味を帯びるとやはり問題は発生するわけでございます』

「というと?」

『簡単に申しますと、キャパシティの問題でございます』

 ほうほう。そろそろ脳が軋み始めるが、がんばるぞ。熱心に聞いてはいるもののちょっと頼りない吹水と、聞く努力すら放棄したカナメを見ていると、俺でさえやる気を出さざるを得ない。

『いまいちわかっていらっしゃいませんね、愚鈍な修太郎様?』

「いや、だいじょうぶだ。たぶん」

『わかりやすく申しますと、キャパシティとは風船でございます。それぞれの世界を、水か空気とでも思いくださいませ』

 ほうほう。思った。続けてくれたまえ。

『空間的、エネルギー的に世界には許容量がございます。しかし今、二つの世界が一つに交わろうとしているということは、世界二つ分のエネルギーが一か所に集中する、ということと同義なのでございます』

 えーっと、風船がキャパシティで世界が水で、一個の風船の中に二個分の、水?

「破裂するんじゃねぇの?」

『とぅっとぅるーん。正解でございます。まぁ何も褒美はございませんが』

 わーい正解だ。くそっ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって。

「じゃなくて、それってつまりやばいんじゃねぇのか?」

『おおやばでございます。最低でもどちらか一つの世界は完全消滅するでしょうし、場合によっては残った方にも致命的な影響が出るでしょう。最悪両方ともボッシュートでございますでれってれってーん』

 そういう効果音は抑揚をつけて楽しそうにやってくれ。さもないと必要以上におどろおどろしい。

『というわけで頑張ってくださいまし』

『というわけらしいのだが、私の推測では先日現れた幽霊というのは、この魔界の住人のお歴々ではないかと思うのだよ。どうだね? どうにかなりそうかね?』

「ああ、俺の頭がな。なに? 何か知らないけど、この幽霊問題って実は魔界にお住まいのAさんのことで、世界の存亡の危機だったて、そういう落ちってことか?」

 『とぅっとぅるーん』という相変わらず抑揚の全くない声が、美緒の背後で聞こえている。どうやら正解のようだ。っていうか、変なもん気にいるなよ、神界の人。

『まぁ、どうやらこれも魔王誕生の影響のようだが、瑣末なことだよ。むしろ委員長君の魔王としての順調な仕上がりに喜ぶべきではないか』

「これも委員長の影響?」

『うむ。どうやら彼女の魔力が魔界そのものを呼び寄せていると推察されるようだ。まあさして驚くべきことではないだろうがね』

「一応言っておくが、俺は『魔界』なるものが存在することに、まず驚きを禁じ得ない」

 いまさらなんだけどね。いや、あるかないかって言われると、何かあるっぽいのかなー、程度には思ってたんだよ。うさぎとか出てきたし。でも今まではっきり「ある」って言われなかった気もするし。ま、愚痴だ。

『愚痴も聞き終わったところで、やるべきことはわかっているね。では期待しているよ』

 あ、ちょ……切れたし。

「なんか、過剰な期待されてないか?」

「それだけ、美緒は、せ、千古君のこと……信じて、るんだよ」

 おい、そこで赤くなるな。聞いてる方が拷問だろ。

「でもぉ、どうするのよぅ? 杏子やっつけるのぉ?」

「ひ、ひぃっ。や、やっつけないでぇ」

「こりゃ」「はうぅ」

 ぺちっ、とカナメの広めのおでこにデコピンを入れておく。怖がらせてどうすんだ。

「確かに抜本的な解決策っちゃそうだが、それじゃダメだろ」

「ん~、やっぱりそうかぁ」

「そうだぁ。んなことすっと、美緒にどやされて結界の中に封印されっちまうぞ」

 適当なこと言ってるけど、あいつならこのぐらいさらっとやってのけるだろうから、できる前提で喋ってても大丈夫だろう。しかし、吹水は吹水で相変わらず魔王としての威厳はないな。ほんとにこいつが魔界呼び寄せてんのか? 実は美緒じゃねぇのか?

「ん~、じゃぁ、魔界やっつけちゃうぅ?」

 それこそ神も悪魔も何もかもを巻き込んだアルマゲドンの勃発だろ。

「なぁ、一回その『やっつける』の発想から離れないか? まったく誰に似たんだよ」

 心当たりがありすぎる。

「んむぅ……」

 しかし、そうなると確かに手詰まりの勘はある。吹水が魔界を呼び寄せるなら、呼んでる方か呼ばれてる方のどっちかを消してしまう、ってのが根本的な解決なのは間違いがないだろう。かといってそれは避けたい。

「や、やっつける、の?」

 あ~ぁ、委縮しきっちゃってるじゃねぇか。これじゃ、俺が勇者様でも退治するのためらうレベルだぞ。

「ごめんね、なんか、僕のせいで。僕、魔王に向いてないのかな?」

 まぁ、向いてるかどうかに関してはノーコメントだ。はっきりとは言わない優しさって、あるだろ?

「やっつけねえょ。俺達は魔王軍の配下なんだろ? まぁ、事実上のトップはあの魔法使い志望だけどな。それよか、なんかいい方法ないのかよ? 委員長の祈りのパワーで魔界にお帰り願う、とか」

 魔界の権力者なんだったらそのぐらいできてもいい気がしなくもない。

 そんな話をしている間にも、時折視界の隅っこを半透明の魔界的生物がふわふわと横切ってゆく。今度のはほぼ蝙蝠の形をした生物だが全体的なデザインが爬虫類っぽい。

 こうして見てみると、やはり吹水の力で生み出された魔法生物が、いかにメルヘンチック要素を加味されているかというのがよくわかる。

「なんだか、昨日モモに聞いたんだけど、僕の力はまだまだ不安定なんだって。だから、こんなことになったのかも、って……ほんと、ごめんね」

 謝られると、何だかこっちも申し訳なくなる。

「不安定、ね」

「うん。魔力が漏れるのは抑えられるようにはなったんだけど、魔王としての安定期に入っていないとか、言われて」

 安定期に入った魔王ってのがどんなもんなのか想像もつかないが、それならもしかしたらと、もう一度俺は携帯に手を伸ばす。あくまでもご都合主義な「もし」に賭けて。

 通話ボタンを押す。と、コールゼロで通話がつながる。

『何だね、我々は今忙しい(ジャラジャラジャラジャラ』

「おい、雀牌をかきまぜるような音が聞こえた気がしたが」

『当然だ。ウノをやりつくした我々には、もうドンジャラしか残されていない』

「あんまふざけてっと生徒会に売るぞ。うさぎに代われ」

 『ガチャン、ガシャガシャ』と携帯を放り投げてジャン卓に転がしたとしか思えない不愉快な音。しばらくしてようやく電話口にウサギが出る。

『なんだよー。この形だと電話持ちにくいんだぞ。あ、ありがとな。あんたいい奴だな』

 誰のことだ? あの面子にいい奴なんかいるのか?

「魔女か?」

『そうだよ。んで、用って何だよ? あ、こら! 美緒積み込むのやめろよな! 一列全部しずかちゃんだったぞ! ツバメ返しやるつもりだろ』

『君は目ざといね。仕方がない、今回は見送ろう』

「何言ってるかわからんから端的に聞くぞ。委員長の力が不安定なのと、魔界が寄ってきてるのとは関係があるのか?」

 恐ろしいまでの当て推量。これで無関係だったら目も当てられないが、今は何でもかんでも関連付けて考えてみてもいい時だろう。どんな非常識が起こってもおかしくなんだからな。言ってみれば、非常事態ならぬ非常識事態だ。

『ん~……』

 しばし黙考するモモのかわいらしい唸り声と、牌を掻き混ぜるじゃらじゃらが耳の中を行ったり来たりする。何だこの光景。

 じゃらじゃら

『たぶん、だけどな。杏子個人で賄いきれない部分を補うために、魔界そのものが召喚されてる可能性はある。やっぱ魔族や魔力ってのは魔界にあってこそ安定するもんだしな。魚が水の中で生き生きするようなもんだ』

「珍しくわかりやすい説明をありがとう。じゃ、安定したらこの状態は解決すんだな?」

『約束はできねぇけど、たぶんな。あくまでもこんな不安定な状態になってんのは、色んなもんのバランスが崩れてるからだから、それだけとは言えねぇけどな。でも、どっか一か所がしっかり安定すれば、他も連鎖的にってのも』

「やってみる価値は」

『なきにしも非ず、って感じかな』

 ホールドボタンを押し、通話を終了する。と、目の前、液晶のすぐ手前を横切るように見たこともない鮮やかな色の魚が泳いで横切る。絶対に見慣れないデザインだな。

 ゆっくりと息を吸うと目の前の魚を吸い込んでしまいそうな気がしたが、勿論そんなことはない。見えてるだけでまだこっちの世界には出てきてない、ってこういうことか。

 ゆっくり息を吐き出しながら、本来手に入れるべきだったバラ色の青春ライフの中では、決して口にしなかっただろう言葉を吐き出す。慎重に言葉を選んで。だって言い間違えたら黒歴史確定だ。いや、言い間違えなくても黒歴史か。

 通話中からずっと俺に注がれていた二人分の視線の密度が増す中、ようやく決心のついた俺は、肺に残った空気を押し出すように発声する。

「委員長、魔王に、なっちまうか」

 あ~あ、言っちまったよ。そして、輝いちまったよ、二人の顔が。

 通電した豆電球のように笑顔を浮かべるが、どこか照れくさそうに頬に朱が入った吹水。大して何かわかっていなさそうながら、隣が楽しそうだからとりあえず笑っておこうという感じのカナメは、頭の上のハテナマークが透けて見えている。と思ったら、そういう形をした、タツノオトシゴ的魔界生物だった。紛らわしいな。

 まあとにかく、こうやって俺の青春は坂道を転がり落ち始めたわけだ。

 もう十分落ちまくってたとかいう意見は却下だ。俺はまだ、自分の青春が息を吹き返すと信じている。


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