強襲? 生徒会
「って話さ」
「ピンク?」
「いや、色は知らないさ。ただ幽霊が出て、襲われたって聞いたさ。って何でピンクさ?」
その話を聞いた俺はとっさに美緒の姿を探したが、珍しく昼休みの教室にその姿はなかった。やけに静かなわけだ。
「じゃなくて、あいつ何やっとるんだ? 委員長、何か知ってるか?」
いつも通り俺の席にやってきてランチパックをもそもそと食している吹水が、驚いて目をぱちくりさせている。相変わらず、いつどのタイミングで声をかけてもキョドるな。
「んと、んと、美緒は、出て行ったけど、特には何も」
ここ数日の間に吹水の魔力の制御技術が上達したのか、むやみやたらとピンクの粒子をばらまかなくなっている。うさぎはなんだか不服そうだったが、そうそう魔力生物なんぞを生み出されてたまるか。
「あたしも知らないよぅ」
俺と同じ弁当のSサイズを箸で突っつくかなめも、聞いてもいないのに教えてくれる、ありがとよ。
「まあいいや。んで、襲われたって、具体的に何されたんだよ。まさかお化け屋敷見たいに出てきて脅かして終わり、とかじゃないよな?」
それだったら襲われた、とは言わないか。せいぜいが『出た』とか『見た』になるだろう。かといって、俺の知る「あれ」に襲われた場合、間違いなく日曜朝八時が現れた、とかなんとか噂されるはずだ。
「それが、何か要領を得ないんさ」
「なんだふぉれ」
海老フライが口から生えてるのに喋っちまった。おかんに見られたら鉄拳制裁間違いなしだ。が、根隅は幸いにそういうのは気にしない質らしく、普通に会話が続いた。
「最初は胸を揉まれたって聞いたさ」
「女か!」
「女さ」
「シュウぅ、えろいよぅ」
ぐはっ、何だこの脱力感は。くそ、こんなところで神気を絶つな。意識が、意識……
「おい、いきなりどうしたさ弁当箱に顔面突っ込んで。そんなに全力で想像したさ? いくらなんでも想像力豊かすぎさ」
「ぶあっ、死ぬかと思った」
ギリギリで復活。二の腕に感じる八重歯の痛みはほのかに熱を帯びている。早く人間になりたーい、って気分だ。
「もう、エロもほどほどにしないと、こじらせると死んじゃうさ」
それ、俺は笑えないんだけどな。
「んでまぁ、なんともエロい幽霊もいるもんだと思ってたら、それが別のとこからはパンツを脱がされたって話も来たさ」
「女か!」
「女さ」
「しゅ」
「続けてくれ!」
危険回避。クソ、つい本能的に聞いてしまった。思春期のリビドー恐るべし。
「で、よくよく聞いてみると人によって全然言ってることが違うわけさ。中には階段で背中を押された、なんていう本当に襲われた系のもあるぐらいさ」
「要するに、襲われたっていう表現が独り歩きしてる状態か。納得」
となると、部室に仮住まいしている魔女の線は薄い考えてもよさそうだな。どうもそういうことをするタイプじゃなさそうだし。
「ん?」
「どうしたさ? まだ女の話でも聞きたいさ? エロい噂もまだいくつかあるさ」
ふと何かが引っ掛かる。今の自分の思考をもう一度反芻してみる。魔女、幽霊、噂、女、エロ、襲われた、エロ、えろ、えろ、ちがう! えーっとなんだ、余計なこと挟んだせいでわかんなくなったじゃねぇか、バカ根隅。
「つーかお前ら部室行かなくてもいいさ?」
「でかした根隅、それだ! くそっ、何で気がつかなかったんだ! 行くぞ、カナメ」
「まだご飯~」
「んなもん五時間目に食えばいい! あと念のため委員長は教室にいてくれるか?」
「よ、よきにはからえ!」
何だよ、変なブームきてんのか? ともあれ、弁当箱に未練たっぷりのカナメをなんとかなだめて賺して、俺は廊下に飛び出した。海老沢あたりに見つかればねちっこい説教を食らうのを覚悟して廊下を走りぬけたが、幸いなことに誰に邪魔されることなく本館を駆け抜け、特殊教室棟に飛び込むことができた。
「は、はやいよぅ。待ってぇ」
無論、待つ。もしカナメをおいて突っ走ろうものなら、リードした分ワープで引き戻されるというバカを見ることぐらい俺にも計算ができている、成長するのだ、もう人間じゃないけど。
「なんて自嘲ネタやってる場合じゃねぇな」
正面に生物実験室が見えたところで減速。セロテープが粘着力を失っているのか、『廊下を走るな』の張り紙がひらひらと手招きするように揺れる。むろん、お前の言うことを聞いて減速したわけじゃない。
「おら! 開けろよ天王寺美緒!」
大当たりだ。声だけじゃなくて金属バットのスイング音まで聞こえてきそうな気がしたが、さすがにそれは先入観による錯覚だ。ちょっとだけ謝罪。
「せーとかいぃ?」
「おぉ、噂聞いてさっそく部室に詰め寄ってるみたいだけど、美緒の方が先手を打ったらしい。ほんと、あいつのこういうとこには脱帽だわ」
噂が立ったことを聞きつけた美緒は、もしかしたら昼休前から部室防衛に入っていたのかもしれない。そういわれれば四時間目にあいつがいた記憶がない。
「寝てたから四時間目の記憶そのものがねぇんだけどな」
「シュウぅ、よだれ垂らしてたよぅ」
泥棒コントの泥棒のように壁にぺったりと貼りつき、鼻から上だけを覗かせると案の定、部室の前に数人の男女が詰め寄っていた。うち二人はこの間の会計と副会長だ。もう一人も直接面識はないが、知ってはいる男だ。
「生徒会総出だな」
本当ならここで「とうとう会長が」とか「ついにやつまでもが」となるのが物語などでは定番なんだろうが、ここ満貫寺ではそうはならない。生徒会長が副会長の犬であることは誰しもの知るところであり、むしろ何で今さらという感の方が強い。だから、
「何たくらんでんだ?」
見えない糸が張り巡らされている気がして気味が悪い。そんなことを思っていると、まるでここに俺が来るタイミングを分かっていたかのようにポケットの中で携帯が振動して着信を伝える。授業対策でマナーモードにしたままだったのが幸いした。
渡り廊下に飛び出し、液晶で確認することもなく通話ボタンを押して口を開く。
「何やってんだ一人で」
『やられたよ、まさかこのタイミングで他の幽霊が出るとはね』
「他の幽霊?」
『まあ詳細はメールででも送ろう。とにかく今我々は濡れ衣でピンチというわけだ』
「んー、まぁ何だかよくわからんが、魔女は無実なんだな」
『無論だ、あ!』
「どうした!」
しばらくの沈黙。背後で何やら騒がしいのはおそらく会計あたりが扉越しで呼びかけているからだろうが、あんなぼろい扉がいつまでバリケードとして仕事をしてくれるかなんて、考えたくもない。そろそろ本業だって引退しそうなのに。
飛び出して行って何とかするべきかと、廊下の薄暗がりを振り返ったところでやっと、
『ふぅ、あせったよ』
いつも通りのトーンで聞こえた。
「だいじょうぶか!」
『大丈夫だよ。まさかここでドローフォーが切れるとは思ってもみなかったよ。せっかく上がりかけたというのに、八枚も引かされて』
「切るぞ」
『何を言っているんだね。私がここで結界を張って籠城している以上、頼れるのは外にいる君たちだけだ』
だからって中で楽しくウノやってんじゃねぇよ。
「んで、具体的には」
『まかせる』
「は?」
『今回は君に一任しよう』
「まて、ば」
『神頼みだよ、シュータロー。頑張ってくれたまえ』
ふざけやがれ。俺ひとりであんな化け物集団(特に金属バット女)とやりあえってか? 無理無理無理無理! 何がなんでも、せめて美緒だけでも引きずり出してやる。
そう思ってどんな脅し文句を使ってやるかに思考を切り替えた瞬間、
『期待している。信じているよ、奇跡を』
そう言って通話は切れた。
今、なんつった?
「シュウぅ、どうするの?」
どうするのか。俺が聞きたいよ。とはいえこのまま飛び出して行っても何ができるわけでもないし、へたすりゃ立場が悪くなる。美緒やナイアガラのような図太さを持ち合わせていない俺は、どんなぼろを出すともしれない。
「生徒会、やっつけるの?」
「いや、別に悪いことしたわけじゃないんだから、やっつけるこたねぇよ。むしろ世間的には俺達の方が悪なぐらいだ」
「おぉ~、悪ぅ」
何でそこでちょっと嬉しそうになるんだか。お前、神様だろ。
と、そこで手の中の携帯が先ほどとは違うパターンで振動して着信を告げる。今度のパターンはメールだ。もちろん送信者は美緒。仕事の早いことだ。
「で、何だよこれ。詳細でも何でもねぇじゃん」
開いた本文を見てうっかり自分の携帯を破壊してしまいそうになる。
何が『ヒントは魔王』だ。
「ヒントの前に問題よこせ問題!」
「クイズぅ?」
まぁそうだな。ただし、恐ろしく難しくてもしかしたら答えが用意されていないかもしれない、クイズ地獄と呼んで差し支えないクイズだ。くそっ。
「とりあえず、ヒントのとこ戻るぞ、くそぅ」
「ヒントのとこぉ?」
神頼み、の前にちっとは自分で動いてみるか。こういう歪んだ努力も、青春ってことになんねぇかな……ならねぇわな。




