急転? 直下
グラウンドを後にし、校舎へと向かう階段をのぼりながら、ちらりと視線だけで振り返る。グラウンドが校舎のある土地よりも低く設定されているので、明日菜のいる位置からはグラウンド全体を見下ろす格好になる。目の前の藤棚は一年で最も色鮮やかなシーズンを迎え、文字通り藤色の天蓋が視界の下半分に広がっている。
律儀なことに、まだずっと美緒の中指は神様に挑戦するように天を指している。隣に神がいることなど知る由もない二人にとっては、それが実に美緒らしく映る。
たぶん本当に神様相手にも喧嘩するんだろうな、とちょっとだけ尊敬しそうになったのを、明日菜は呑みこむ。ばれたら隣で真っ赤になっている春に、それこそ何を言われるかわからないからだ。
二人の、全く歩調の違う足がそろって校舎の角を曲がり、非常扉を押しあけて校舎に入って歩くこと数歩。無表情に廊下を照らす消火栓の赤い光の前で、フツリと明日菜の足だけが止まる。
それが意味するところを知る程度には、春は明日菜が大好きだ。それが、実はちょっと危ない方向の「好き」であることには自覚がないが、気づくのも時間の問題だろう。
だから振り返って、一言だけ告げる。
「やっぱ悔しいんじゃねぇか」
「ふん、です」
ぷっくりと頬を膨らませ、唇を尖らせる姿に先ほどまでの名残はない。ビスクドールだった外見は、今ではただの駄々っ子でしかない。ゴシックロリータ特有の静謐さが、何ともアンバランスだ。
「絶対、幽霊は生徒会が退治するですよ。勇者ですから」
加えてどこまでも頑固者。
こんな、一昔前のお姫様を絵にかいたような裏表が、どうにも春の琴線に触れて仕方がない、というわけだ。直情一本で口も出る手も出る足も出る、なんならバットも出る自分にはない起伏が面白いのだが、それだけでもどうやらないらしい。が、そこからは考えないことにしている。めんどくさいことは苦手な質らしい。
「わーってる。じゃなきゃあーちゃんが、「今日だけ」なんて捨て台詞使うわけねぇもん」
「うん、です。でも、ぶぅ……です」
ますますふぐのようにほっぺたを膨らませると、血色とつやのよい肌はきれいな桃色に染まる。消火栓の赤にも負けないほんのり桃色が、なんとも微笑ましい。
「わーってるわーってる。ちゃーんと正義の味方やっから、安心しろって」
「ゆーしゃですー」
「そうだった、ゆーしゃゆーしゃせーぎのゆーしゃ。行くぞ、勇者様!」
「ぶぅ……です」
ピンク色の光の粒子の中を、ピンク色のほっぺたが歩く。ガラガラと、金属バットを引きずる音をひきつれて。
「なぁ、あーちゃん?」
「なんですぅ?」
「あのピンクの幽霊とこのピンクの光と、関係あんのかな?」
「あるですよ、きっと。ピンクつながりです」
「そっか、あるかー。んじゃ、あの幽霊やっつけたら魔王の話もわかるかもな」
「きっとそうです」
「勇者の勘だな」
「そうです、勘です。だから頑張るですよ、きは……き、会計さん。幽霊も、魔王も、私たちがちゃんとやっつけて、世界の平和を守るですよ」
廊下の端っこで金属バットの音が止まり、そんな会話が交わされたのは偶然以外の何でもない。
「いつの間にか世界の平和にまで俺達の責任拡大してやがんのな」
放課後の廊下は、意外とよく声が響く。
「あーちゃん、魔力って感じるの?」
「勘で、です」
「そっか、かんかー」
「うん、勘です」
歯車というのはどこで噛みあうかわからないもののようだ。
不幸中の幸いは、何をおいても生徒会が魔女のことを噂通り幽霊だと信じて疑わなかったことだろう。まぁ、この姿を見て日曜朝の魔女っ子以外の何かを想像するのも難しいんだけどな。よくバレなかったもんだ。
「やつらにはこのまま幽霊だと思っておいてもらおう。彼女が魔女であることがばれると、そのままここに魔王がいることまで嗅ぎつけられかねないからね」
どうやら美緒の中では、生徒会が勇者であるというのはゆるぎない事実らしい。ま、経験知稼ぎって意味では、だれが勇者でもいいんだろうけどな。
「あ、あらためまして、魔王様。えと、魔女です」
「ぼ、僕は、魔王……です。だ。く、くるしゅうない、よ」
仮初めにも程がある威厳だな、おい。とってつけてももうちょっと板につくだろう。
「うむ、これで現状我が部に必要な要素は一通りそろっているようだね」
「この部がどこを目指してるのか知らんがな」
最近やっと自覚してきた。俺はこの部のブレーキなんだ。この部の良心なんだ、と。え? 逃げ出すだの辞めるだのと言ってただろって? できないことは夢見ない、これが賢い生き方だ。人間どこでも生きていける。人間じゃないけどね、もう。
「とかなんとか言いながら、楽しくなってきていらっしゃるくせにでございます」
「だからなんでお前はおれの心の声と会話すんだよ」
「ふ~ん、でございます」
うわっ、かっわいくねぇ。いや、かわいくなくはないんだが、でかい米粒にそっぽ向かれてもこっち向いてるのが前か後ろかわからんし。
「一つ聞きたいのだが魔女君。君は魔法は使えるのかね?」
「おいおい、何を期待してたのか知らんが、そもそも俺達の目的はこいつの保護だろう? 魔法はその後でもいいだろ」
どうにも美緒は、自分の目的意識が勝ちすぎて物事が本末転倒になりがちでいかん。今に始まった話じゃないが、修正のタイミングを逸してしまうととんでもないとこまで行くからな。今回のはこの辺で舵を切っておくことにしよう。
流石は超科学部の良心……いかん、言ってて悲しくなった。
「うむ、そうだったね、失敬失敬。その件に関しては一応の案はあるのだよ」
「一応聞こう」
そして俺は、速攻で否定する準備を整えておく。
「超科学部の十八番、召喚魔法で本物の幽霊を召喚しまくってそれを生徒会に」
「却下だ!」
備えあれば憂いなし。俺はこの言葉を会話する前から準備していた。
「何故だね?」
「何故だね?」
敢えてのオウム返しだ。前にもあったな、このやり取り。
「お前は何も聞いとらんかったのか? 問題起こせば、即こいつは生徒会あずかりだぞ」
「だから、それがどうしたというのだね?」
「こいつを預かってる俺達が、自発的に問題起こしたら一緒だろ」
「おぉ」
何リンゴが落っこちたのを見たニュートンのものまねみたいな顔してんだよ。そんなに新事実か? お前の中の常識の地平がひっくり返るほどに。
「それよか、あいつらの場合何かしかけてくるぐらいの勢いだろ、とくにあの会計とか」
「あり得るね、あの人間凶器」
「一応突っ込んでおくけど、お前が言うな。お前だけは言うな。んでな、どっちっつーとそれを防ぐ方法を考える方がいいんじゃないのか? 守るっつーか逃げるっつーか」
見まわさなくても、こいつらには似合わない手なのはわかり切っている。後手や後衛といった思考そのものがなさそうだ。専守防衛の国の人なのにな。
「ふむ……やむを、えんか」
うぅわ、不本意そうだな、おい。
「とりあえず、魔女君はこの部室に居候したまえ。我々も放課後は基本的にいるし、場合によっては私は終日在席する」
「終日在席すんじゃねぇよ」
「まあ、私どももおりますので大丈夫でございましょう。モモ様も、こちらにおられてはどうでございます?」
相変わらず米粒のコスプレをしたナイアガラだが、普通の会話をするときの物腰は恐ろしく楚々としていて、米粒のくせに様になるのが腹立たしい。
「うぇ、うち? うちーはー、えーっと」
救いをもとめるようにちらちらと吹水にアイコンタクトを送っている。それを受けた吹水も要領を得たもので、軽くうなずいて救いの手を差し伸べる。
「大丈夫。僕は、さびしくないから。一緒に、いてあげて」
あ、とどめだったな。
救われたと思い込んで目をキラキラと輝かせたモモの体が、ぼってりと転がっている。ほんと、床に落ちてると毛玉だな。
「ご愁傷様だな、モモ」
「うぅ……なんてこった」
「心強いね。それでは我々は通常授業をこなしながら生徒会の強襲に備えるとしよう」
ますます勇者の襲来に備えるラストダンジョンじみてきたな、俺達。
そんな俺達の、努力ともいえない努力を嘲笑うように、現実の歯車は回り続ける。。
『幽霊』による『被害者』が出たのは、ほんの数日後のことだった。マジで?




