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間話 神父様の噂

王都。


大通りの一角にある酒場。


昼間だというのに、冒険者たちが何人か集まっていた。


「なあ、聞いたか?」


「何を?」


「北の森の話だよ」


「ああ。S級魔獣が出たってやつだろ?」


「それだけじゃない」


男が声を潜める。


「そのS級魔獣を、神父様が倒したらしい」


「……倒した?」


「ああ」


「殺したのか?」


「いや」


「じゃあ、どうしたんだ?」


男は真剣な顔で答えた。


「飼った」


「…………」


酒場が静かになった。


「もう一回言ってくれ」


「飼った」


「何を?」


「S級魔獣」


「誰が?」


「神父様」


「どこで?」


「教会で」


「…………」


一人の冒険者が頭を抱えた。


「意味が分からん」


「俺もだ」


◆


その頃。


王都の市場。


魚屋の店主が、隣の店主に話しかけていた。


「最近、教会の神父様がすごいらしいな」


「聞いた聞いた」


「魚の売り方まで当てたらしいぞ」


「それはもう神父じゃないだろ」


「いや、神父だ」


「そういう問題じゃない」


二人が話していると、近くの客が口を挟んだ。


「俺の知り合いは、神父様に商売の相談をしたらしい」


「どうだった?」


「店の場所を変えろと言われたそうだ」


「それで?」


「変えたら、客が増えた」


「……」


「すごいだろ?」


「怖いな」


「何が?」


「何を聞いても答えが出るところだよ」


◆


別の通り。


冒険者ギルド。


受付嬢が書類を整理していると、若い冒険者が駆け込んできた。


「大変です!」


「どうしました?」


「神父様の噂を聞きました!」


「またですか?」


受付嬢は慣れた様子だった。


「今度は何をしたんです?」


「S級魔獣をペットにしたそうです!」


「……それは知っています」


「知ってるんですか?」


「王都中が知っています」


「さすがですね!」


「何がです?」


「情報が早い!」


受付嬢はため息をついた。


「むしろ遅いくらいですよ」


「え?」


「昨日の時点で、もう『S級魔獣を従える神父』という話になっています」


「昨日?」


「今朝には『神父様が命じればS級魔獣も一撃で平伏す』になっていました」


「すごい……」


「さらに昼には」


受付嬢は一枚の紙を取り出した。


「『神父様は魔獣と会話できる』」


「本当なんですか?」


「知りませんよ」


「じゃあ、なんでそんな噂が?」


「知りません」


受付嬢は紙を置いた。


「この街の噂は、だいたいそんなものです」


◆


王都騎士団。


訓練場。


若い騎士たちが剣を振っている。


その中で、一人の騎士が口を開いた。


「神父様って、本当に強いのか?」


「見たことないのか?」


「ない」


「俺は見た」


「どうだった?」


騎士は少し考えた。


「……止まれ、と言った」


「何?」


「S級魔獣に」


「それだけ?」


「それだけだ」


「それで止まったのか?」


「ああ」


「…………」


別の騎士が剣を置いた。


「俺、今日からもっと真面目に訓練するわ」


「急にどうした?」


「神父に負ける騎士にはなりたくない」


「いや」


最初の騎士が言った。


「たぶん比較する相手を間違えてるぞ」


◆


夕方。


王都の大通り。


小さな女の子が母親の手を引いて歩いていた。


「お母さん」


「なに?」


「神父様って強いの?」


「そうね」


母親は少し考える。


「すごく強いらしいわよ」


「どのくらい?」


「うーん……」


母親は困った。


大人たちの噂では。


魔物を操る。


未来が見える。


人の心が分かる。


S級魔獣を従える。


王国最強の冒険者より強い。


剣も魔法も神聖術も全部使える。


最近では、


「神父様が怒ると王都が揺れる」


という話まで出ている。


もちろん。


母親はそんなことを信じていない。


「でもね」


母親は娘の頭を撫でた。


「困っている人を助けてくれる人なのよ」


「じゃあ、いい人?」


「きっとね」


女の子は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、今度会ってみたい!」


「そうね」


母親も笑った。


◆


その頃。


王都の外れ。


一人の男が歩いていた。


黒い外套。


その手には、黒い魔力石。


「……」


男は王都を見上げる。


「S級魔獣グラヴァルを従える神父……」


低く呟く。


「想定外だ」


本来なら。


魔獣を利用して王都を混乱させるはずだった。


だが。


その魔獣は神父に浄化され。


あろうことか。


教会で飼われている。


「……何者なんだ、あの神父は」


男は歯を食いしばる。


「魔力を感じなかった」


それが最も理解できなかった。


「なのに……」


男の脳裏に浮かぶ。


巨大な魔獣。


その動きを止めた、たった一言。


――止まれ。


「……」


男はしばらく黙っていた。


やがて。


「次は……」


そう呟いたところで。


背後から。


「グル」


「――っ!?」


男が振り返る。


誰もいない。


「……気のせいか」


男は急いで歩き出した。


その少し後ろ。


木々の間。


金色の瞳が、静かに男を見ていた。


◆


そして。


王都では今日も噂が広がっていく。


「神父様は未来が見えるらしい」


「S級魔獣をペットにしたらしいぞ」


「いや、魔獣の方が神父様を主人として選んだらしい」


「神父様って実は王族なんじゃないか?」


「いや、神だろ」


「それはさすがにないだろ」


誰も知らない。


その本人が。


教会の自室で。


「……今日は静かだったな」


などと思いながら。


普通に寝ようとしていることを。


そして。


その隣では。


王都中の人間が恐れるS級魔獣が。


番犬のように丸くなっていることを。


王都の噂は。


本人の知らないところで。


今日も勝手に成長していた。


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