バッドペット?
朝。
俺はいつも通り、教会の食堂にいた。
そして。
俺の隣には、グラヴァルがいる。
「…………」
「…………」
向かいに座っている若い神父が、俺とグラヴァルを交互に見ている。
朝食の時間。
いつもなら静かな食堂だ。
だが今日は。
誰も喋らない。
いや。
喋れない。
原因は分かっている。
グラヴァルだ。
全長は俺の身長の何倍もある。
黒い毛並み。
鋭い黒い角。
金色の瞳。
長い牙。
どう見ても普通のペットではない。
というか。
ペットと呼んでいいのかも分からない。
グラヴァルは俺の隣で大人しく座っている。
姿勢もいい。
俺がパンを食べれば、グラヴァルも俺を見る。
俺が水を飲めば、グラヴァルも俺を見る。
「……」
なんだろう。
少し可愛いな。
「神父様」
若い神父が恐る恐る口を開いた。
「なんだ」
「その……」
グラヴァルを見る。
「本当に、飼っているんですか?」
「そうだ」
「S級魔獣を?」
「そうだ」
「教会で?」
「そうだ」
「…………」
若い神父が頭を抱えた。
「そこ、普通は全部否定するところですよ……」
「なぜだ?」
「なぜって……」
若い神父がグラヴァルを指差す。
「これですよ!?」
グラヴァルが振り向いた。
若い神父が固まる。
「…………」
「…………」
グラヴァルが首を傾げた。
若い神父が、ゆっくり俺の後ろに隠れた。
「怖いです」
「そうか」
「そうかじゃないですよ!」
グラヴァルが俺の肩越しに若い神父を見る。
「……グラヴァル」
俺が呼ぶ。
グラヴァルが俺を見る。
「大人しくしていろ」
グラヴァルは素直に座った。
「……ほら」
「ほら、じゃないです」
◆
朝食が終わると。
今度は教会の神父たちが集まってきた。
「本当に飼うんですか?」
「そうだ」
「餌はどうするんです?」
「肉だろう」
「どれくらい食べるんです?」
俺はグラヴァルを見る。
グラヴァルも俺を見る。
「……知らない」
「知らないんですか!?」
「飼ったことがないからな」
「S級魔獣を飼う人なんていませんよ!」
なるほど。
それはそうかもしれない。
「なら、試してみればいい」
「何をです?」
「食べる量だ」
「実験みたいに言わないでください!」
そこへ。
別の神父が走ってきた。
「神父様!」
「なんだ」
「教会の厨房から報告です!」
「どうした」
「肉が足りません!」
「そうか」
「そうかじゃないです!」
「どれくらい足りない?」
「今日の分が、です!」
俺はグラヴァルを見る。
グラヴァルは何も悪くない顔で座っている。
「……腹が減っているのか?」
グラヴァルの尻尾が、ゆっくり揺れた。
「……そうか」
俺は厨房へ向かった。
「追加で頼む」
「どれくらいですか?」
「食べられるだけ」
厨房の神父が固まった。
「…………」
「…………」
「神父様」
「なんだ」
「その言葉、厨房では禁句です」
◆
昼。
さらに問題が起きた。
「神父様!」
今度は別の神父が飛び込んできた。
「どうした」
「グラヴァルが庭にいます!」
「知っている」
「花壇の横です!」
「そうだな」
「花壇の横にS級魔獣がいるんですよ!」
「問題か?」
「問題です!」
俺は庭を見る。
グラヴァルは花壇の横で伏せていた。
花には触れていない。
花壇も荒らしていない。
むしろ。
妙に行儀がいい。
「……何もしていないだろう」
「そうですけど!」
「ならいい」
「よくないですよ!」
神父が頭を抱える。
そこへ。
小さな子供が一人、庭に入ってきた。
教会で暮らしている子供だ。
グラヴァルを見つける。
「わあ」
子供の目が輝いた。
「おっきい!」
「……」
神父たちが青ざめる。
「待ってください!」
だが。
子供はグラヴァルへ駆け寄った。
「さわっていい?」
グラヴァルは俺を見る。
俺は頷いた。
「大人しいぞ」
「はい!」
子供がグラヴァルの頭を撫でる。
グラヴァルは目を細めた。
尻尾がゆっくり揺れる。
「ふわふわ!」
「…………」
神父たちが絶句した。
俺はその光景を見ながら思う。
……やっぱり、こいつ。
思ったよりペット向きなのでは?
◆
午後。
さらに来客があった。
「久しぶり」
聞き慣れた声。
振り返る。
ミレアが立っていた。
「また来たのか」
「うん」
ミレアは笑った。
そして。
俺の横を見る。
グラヴァル。
「…………」
ミレアが止まった。
「……これが噂の?」
「そうだ」
「グラヴァル?」
「そうだ」
ミレアはしばらく黙っていた。
そして。
「……飼ったの?」
「そうだ」
「S級魔獣を?」
「そうだ」
「教会で?」
「そうだ」
ミレアが額を押さえた。
「やっぱり……」
「何がだ?」
「あなた、本当に昔から変わらないね」
「そうか?」
「うん」
ミレアはグラヴァルを見る。
「それにしても……」
ゆっくり近づく。
グラヴァルもミレアを見る。
金色の瞳。
巨大な身体。
鋭い角。
その姿だけなら。
普通の人間なら近づくことすらできない。
だが。
ミレアは平然とグラヴァルの前に立った。
「こんにちは」
グラヴァルが鼻を鳴らす。
ミレアが少し笑った。
「いい子だね」
グラヴァルの尻尾が揺れる。
「……懐いてる」
「そうみたいだな」
「どうやったの?」
「特に何も」
「何も?」
「撫でた」
「それだけ?」
「それだけだ」
ミレアは笑った。
「本当にあなたらしい」
「そうか?」
「うん」
ミレアがグラヴァルの頭を撫でる。
グラヴァルは大人しくしている。
「可愛い」
「そうだな」
「でも……」
ミレアがグラヴァルを見る。
「これ、普通の人が見たら絶対に可愛いとは思わないよ」
「そうか?」
「うん」
「格好いいだろう」
「そこなんだよね」
ミレアが苦笑する。
「あなた、昔から強いものに対する感覚がおかしいんだよ」
「そうか?」
「そうだよ」
◆
その日の夕方。
俺は教会の会議室に呼ばれた。
そこには。
神父。
司祭。
騎士。
そして。
教会の責任者まで揃っていた。
全員、真剣な顔をしている。
「……なんだ」
司祭が重々しく口を開いた。
「神父様」
「なんだ」
「グラヴァルの件です」
「そうか」
「S級魔獣を教会で飼うという件について、確認したいことがあります」
「言ってみろ」
司祭は深く息を吸った。
「まず」
一つ。
「なぜですか?」
「助けたからだ」
「助けたから?」
「そうだ」
「だから飼うんですか?」
「そうだ」
司祭が頭を抱えた。
「次です」
二つ。
「本当に安全なんですか?」
「安全だ」
「根拠は?」
俺は少し考えた。
「俺の言うことを聞く」
「…………」
「人を襲わない」
「…………」
「花壇も荒らさない」
「…………」
司祭が黙った。
「……確かに」
「だろう」
「ですが!」
騎士が立ち上がる。
「S級魔獣ですよ!?」
「知っている」
「国が恐れる存在ですよ!?」
「知っている」
「そんなものを教会で飼っていいと思っているんですか!?」
俺は少し考えた。
「駄目なのか?」
「…………」
騎士が黙った。
俺も黙る。
しばらくして。
司祭が深く息を吐いた。
「……規則上、禁止されてはいません」
「なら問題ない」
「ですが、想定されていません」
「なら、これから想定すればいい」
「…………」
誰も何も言わなくなった。
俺は席を立つ。
「話は終わりか?」
司祭が頷く。
「……はい」
「そうか」
会議室を出る。
扉の外。
グラヴァルが待っていた。
「待っていたのか」
グラヴァルが立ち上がる。
俺の後ろについてくる。
「行くぞ」
小さく鳴く。
俺は歩き出した。
その後ろを。
S級魔獣がついてくる。
少し離れた場所で。
神父たちがその光景を見ていた。
「……本当に飼ってる」
「完全にペットですね」
「S級魔獣なのに……」
「神父様の感覚が一番おかしいんじゃないか?」
誰かが呟いた。
俺は振り返る。
「聞こえているぞ」
「すみません!」
俺はグラヴァルを見る。
「気にするな」
グラヴァルは俺を見る。
「お前は普通だからな」
グラヴァルが嬉しそうに尻尾を振った。
……たぶん。
俺たちは普通だ。
たぶん。
◆
夜。
部屋に戻る。
俺はベッドに座った。
グラヴァルは床に伏せている。
「……今日は疲れたな」
グラヴァルが顔を上げる。
「お前のせいだぞ」
グラヴァルが首を傾げる。
「……いや」
俺は少し考える。
「やっぱり俺のせいか」
グラヴァルが尻尾を振る。
「寝るぞ」
グラヴァルが目を閉じる。
「おやすみ」
俺も横になる。
静かな夜。
ようやく。
何も起こらない。
そう思った。
――ドンッ!
「…………」
外から大きな音がした。
俺は起き上がる。
窓を見る。
グラヴァルも起き上がる。
「……なんだ?」
さらに。
――ドンッ!
誰かの叫び声が聞こえた。
「魔獣だ!」
俺は立ち上がった。
……またか。
グラヴァルも立ち上がる。
俺は扉へ向かう。
「グラヴァル」
金色の瞳が俺を見る。
「行くぞ」
グラヴァルが低く鳴いた。
俺は扉を開ける。
その瞬間。
教会の外から。
巨大な影が飛び込んできた。
神父たちが叫ぶ。
「神父様!」
俺はため息をついた。
「……今日はもう寝たいんだが」
隣で。
グラヴァルが牙を見せた。
どうやら。
俺よりやる気があるらしい。
「……ほどほどにな」
グラヴァルが嬉しそうに鳴いた。
俺のペットは。
どうやら番犬としても優秀らしい。




